食事会が終わって 4
その事は承知している。それでも、何処か彼が、御爺様の命令に反して、彼の娘を助けて、リントンの目を欺いてくれたのではないかと、思ってしまう。彼は当時でも、この邦第一の騎士には違いなかったのだから。
今の王国に恭順を示すために、王国騎士団を解体した。それでも、ウエルテス・ハーケンの実力は、ずば抜けていたのである。だから、元王族だった者達の、護衛騎士として五人の騎士を残した。そのうちの一人こそが、最強の騎士ウエルテス・ハーケンだったのだから。
リントンは当時は、現役の情報士官。勿論、彼も騎士団の一員で、ウエルテス・ハーケンとも、肩を並べて戦ったことが有る。
御爺様は、ウエルテス・ハーケンが御爺様の命令を実行する様を見張る命令を出した。何故その様なことをしたのか、今に成っては、知ることも出来ないけれど。
後になって、ウエルテス・ハーケンが名を捨て、護衛騎士職を辞した上、行方をくらませた。何らかの叛意を持っている事に、気が付いていたのかも知れない。だから、リントンを見張りに付けた。
「ハーケンの付いて、私も添えなりには調べさせて貰いました。私は彼奴が、我々に対して、叛意を持っていても不思議ではないと思っています。その証拠に、あのような者を用意して、マリアを誘拐から救い出すという、劇的な方法で、私兵団に戻ってきたことが、物語っているのではないでしょうか」
ディーン・デニム子爵は、少し部屋の隅で、待機しているメイドに指で部屋を出るように指示すると、小声で話し出した。
メイドはその指示に従って、小さく挨拶をすると、控えの間へ姿を隠す。この部屋には入れるメイドは、統べて信用の措ける者ばかりである。それでも、聞かせるわけにはいかないと考えているのだろう。
「勿論、その可能性はあるでしょう。それでも、彼のことを信用為て居ますよ」
「その気持ちは解ります。何より、お姉様は未だに彼のことが、忘れられないのでしょうから」
「その事は、もう十四年も昔の話しです。それに、彼も結婚し、子供を授かっています。私はマルーンの存続の為に、身を捧げています。今更、昔の思い人の事で、判断を達がえたり致しませんわ」
正面から、アリス・ド・デニム伯爵夫人は挑むように、デニム子爵の顔を見詰めた。頬が少しばかり、赤く火照ってきているのを感じる。弟の指摘が、痛いところを突いていた。
彼女の奥底にしまわれた、少女の頃の思い出が、蘇って来る。其れは、血と埃にまみれた記憶と繋がっている。王女と呼ばれていた頃の、悲しくもそれでいて、甘美な記憶だ。
「ハーケンの奴が、マリアの誘拐に絡んでいるのではないかと、疑っているのです」
「其れはあり得ません」
「そうでしょうか。何故これほど、劇的に復帰が適ったので為ようか。何より、彼奴は一度は我々のことを裏切った。姉上の辛い時期に、騎士としての勤めを果たさずに、行方をくらました。それでいて、マリアの誘拐事件の解決を果たし、私兵団に戻ってくる。此れは恣意的な、演出では無いでしょうか。誘拐が目論まれていることを知っていなければ、あんな事など出来ないでしょう」




