食事会が終わって 2
ディーン・デニム子爵の、栗色の瞳には感情という物が感じられない、酷く無機質な光を称えている。口元には、微笑が張り付いているが、決して好意的な笑顔とは言えないだろう。
それでも、アリス・ド・デニム伯爵夫人に取っては大事な姉弟でもある。デニム家を支える、重鎮の一人として、頼みにしている相手には違いない。其れが例え、親族でも決して完全には信用してはいけない。相手であっても、此れから彼女がしようとしていることを納得させる必要があるのだ。
こうして、弟と話しながら、自分の立場の危うさを感じる。自分を支えてくれる、臣下は決して少なくはない。だからと言って、心の底から信頼できる人間が少ない。何よりも、王家から送り込まれている、人間は間違いなく信用を置くことが出来ない。
その上、未だに侵略を諦めていない、蛮族の国の存在は、アリス・ド・デニム伯爵夫人にとって、頭の痛い問題だった。頼みに思わなければならない、デイモンこそが、このマルーン邦を守るのに、障害の一つになってしまっているのだから。
あの男は、王都に何人も妾を持ち。子供をもうけている。何としても、彼の妾の子供に、マルーンの実権を取らせたいと考えている。そうなれば、王の考える統一が成ると、顔を見る度に説得してくるのだ。
マリアは、他の都合が良い貴族の処にでも、嫁がせ違っている。其れは、此れまで話し合いを持つ度に、重々判っていたのだけれど。とうとう、婚約の話まで持ってきた。相手は第三王子との婚約で良いのではないかと言ってきた。
政をする者としては、決して悪い話しではない。それでも気の進まない話でもある。此れは純粋な政略結婚で在り。デイモンの子供に、このマルーン邦の支配権を奪わんとしているのだと言う事が、言葉の端々から見え隠れしていたからだ。
王家は、マルーン邦を完全な支配下に置きたいと考えている。その為の政策の一つとして、この婚約話を、彼の軽い男に持ちかけたに違いない。未だ良いことは、あくまでも言葉での打診で、正式な形を取っていない。
だから、今の処は無視していても良いかもしれないが。孰れ親書という形になって、アリス・ド・デニム伯爵夫人の手元に届くことになりそうだ。
其れでなくとも来年には、マリアが王都のサーベニア学院に入学することが決っている。手元で、彼女を守ることが出来ない。彼の誘拐事件の黒幕までは、捜査が届かなかった。その上、今回の暗殺未遂事件である。何よりも、屋敷の構造を暗殺者が知っていたことが、何よりも気がかりで仕方が無い。
ドリーのお陰で、暗殺者の刃からは逃れることが出来けれど。此れからも、無事でいられるとは限らないのだ。何処かに裏切り者が、存在しており。情報を漏しているのか、あるいは王族の誰かが、暗殺者に屋敷の構造を知らせたのか。其れは判らないことだらけで、彼女の心を重くする。
「彼の娘はとんでもないお転婆ですね。顔はマリアにそっくりですけれど。その行動は、とてもでは無いが令嬢の其れには見えませんね。ハーケンの娘だそうですが、噂では奴の小隊を模擬戦で、全滅させたとか。其れって、脅威にはなりませんか」
と、落着いた声音でディーン・デニム子爵が言った。




