食事会が終わって
無言でメイド達が、食事の後片付けをしている。彼女達は、自分の領分に従って、指示されたことだけを真摯に勧めている。
その風景を眺めながら、アリス・ド・デニム伯爵夫人は、内心の葛藤と折り合いを付けるように、手元に残されている、銀のグラスに残っている赤い液体を飲み干した。少し酸っぱさと甘さが一体になった、疲れた心と体を癒やしてくれるような気がする。
かなり無理をして、自分の目の届くところへ引き寄せた、娘が座っていた椅子に触れると、少しばかり温もりが残っている。決して母親として、繋がりを持てない娘だ。
実際、彼女をマリア付きメイドに雇い入れることで、其れは成った。呪われた、娘を彼女の祖父が、捨てるように、ウエルテス・ハーケンに命じたことを、彼女が知ったのは、全てが終わった後だった。双子の出産は、母体に相当の無理を強いる。ましてや、初産で身体も決して大人に、成り切っていなかった。
この邦の名医と呼ばれている者を、総動員したところで、中々出来ることでは無い。この世界の中で、出産は命がけの挑戦となる。何よりも、医療が決して発達してもいなかったから、妊婦の持っている生命力だよりだ。
産後の肥立ちも悪く。双子を産んで、そのままアリス・ド・デニム伯爵夫人が神の御許に召されるかも知れないと、担当の医師が言葉を漏したほどである。
其れもあって、御爺様は双子の片割れを、森の奥深くへ捨てることで、アリスが命ながらえるように、いわば人身御供にしたのである。どのみち双子のままでは、呪われているとの風評にさらされ、まともに育てることも出来ない娘だ。
双子が生まれたと言うことは、その当時は其れほど多くの人間の知るところで無かった。今となっては本当に昔話でしかない。その命令を出した、御爺様は既に鬼籍に入ってしまっており。今更何を言っても、始まらない。
その事を、ナーラダのリコに言ったところで、其れで許して貰える物でもない。何しろ捨ててしまったことを知らされて、其れで諦めてしまったのは、彼女なのだから。
ディーン・デニム子爵が、何とも奇妙な物を見るような表情をして、アリス・ド・デニム伯爵夫人の顔を見ている。正面に座って、いる都合上其れを辞めさせる訳にも行かない。
恥ずかしくなって、アリス・ド・デニム伯爵夫人は彼に視線を向ける。そして、意識的に微笑んでみせる。其れが、嘘の笑みだと言うことは、張れてしまう物ではあるのだけれど。それ以外に方法を思い付かなかった。
「何か言いたいことがあるのでしょう」
アリス・ド・デニム伯爵夫人は、強く言葉を投げつける。もしも、意見があるのなら、この時に聞いてしまいたい。恐らく、弟はナーラダのリコを側に置くことに、反対してくるだろう。きっとリントンのように、彼女のことを受け入れたいとは言わないだろう。
弟の考え方は、どちらかと言えば御爺様寄りの考え方をする。デニム家の存続こそが、大事だと思っているはずだから。その割に、彼女にこの邦の存続をゆだねてきた、自分を知っていると言えるのかも知れないけれど。何処か無責任なところのある弟だった。
何より本来なら、ディーン・デニム子爵こそが、マルーン王国の嫡男であったのだから。




