ナーラダのリコの価値 5
「デニム家は奴の敵ではないのですか」
この問いかけは、アリス・ド・デニム伯爵夫人にとって、痛い処だった。当時の事情のことを考えれば、その後の彼の行動のことを思うのなら。大事な赤ん坊の命と、最愛の妻の心の在りかを奪ったのだ。口には出さないけれど、憎んでいたとしても不思議は無かった。
その為に、彼の娘を育てて、こうして近付いたと考えることだって出来る。
それでも、彼女はマリアを助けて、戻ってきてくれたことが嬉しかった。
彼女が、王女様と呼ばれていた頃の、一緒に国のための駆け回っていた。あの頃のように、この邦を守る盾となってくれると信じたかった。何よりも、御爺様の過ちを許してくれたと思ったからだ。
そうで無ければ、彼の娘を連れてなど来ては呉れないだろう。無いよりも、ナーラダのリコは昔の自分を見ているようで、懐かしく少し恥ずかしい。人によっては黒歴史と言って、顔を赤らめそうなことばかり為て居た。
令嬢として、あるまじき事ばかりをしていた。腕の立つ男どもを、自分の手駒として、馬を駆って王国の中を走り回っていた。良くお転婆姫などと揶揄されながら、それでも楽しくて仕方が無かったのだ。
あの頃には、もう決して戻れないのだろうけれど。それでも、ナーラダのリコのことを見ているのは、ハラハラする気持ちと気苦労の種でもあるけれど。其れだけでも無くて、応援したくなる複雑な気持ちになった。
今はそれでも良い。あの子が今を楽しく生きてくれるのなら。そして、もしかしたら、有ったかも知れない幸せを掴んでくれるのなら。
アリス・ド・デニム伯爵夫人は、自分の幸せより国民が不幸にならないようにすることだけを願った。其れこそが、今の彼女の在る場所なのだから。
「確かに、ナーラダのリコですか。彼の娘は良く似ている。マリアと瓜二つと言っても良いでしょう。だから、影にしているのでしょうが。真逆、元の実子に為ようと何て思っていないでしょう」
デニム子爵の視線は、アリス・ド・デニム伯爵夫人の嘘を見破ろうとしているように、真剣で圧の感じられる物に変わった。姉弟では為しているときには、このような視線を向けることの無い、彼ではあったのだけれど。今はそうも言っていられないのだろう。
アリス・ド・デニム伯爵夫人は、手元に視線を下ろし。しばし考えを巡らす。本音を言ってしまえば、何とかしてリコを自分の娘に取り戻したい。対外的には、決して褒められたことでは無いけれど。
何より。双子の片割れを、捨てておきながら、今更取り戻そうとすることは、余り礼の無いことだから。間違いなく、大きな醜聞となる。それでも、あの子は大事な宝物なのだから。
「確かに、彼の娘は大変優秀です。村育ちにも拘わらず。読み書きは言うに及ばず。彼の計算能力は、驚くべき物でした。その上、彼のウエルテス・ハーケンの育てられて、その能力は模擬戦で、小隊を全滅させるほどとか。其れじゃあ、もう一人のウエルテス・ハーケンでは無いですか」
「其れだけではありませんよ。子供用に椅子を考案もしています。細々ではありますが、使われるように成っていますね」
アリス・ド・デニム伯爵夫人は思わず、どや顔を為てしまう。自分の子供の優秀さは、他の物の追随を許さない。そう言った些細なことではあるけれど。今後、デニム家の娘に戻す材料になれば良いと思うのだった。




