ナーラダのリコの価値 4
「未だ時間はあるでしょう。貴方の意見を伺いたいですわ」
「何のことでしょう」
デニム子爵は惚けた様子で、軽くアリス・ド・デニム伯爵夫人の質問に対して、質問で答える。人前では決して、こう言った遣り取りなど出来ないが、今ならそうすることが出来る。
アリスは、小さく溜息を付くと、椅子を動かした、弟に正対する。その瞳からは、不思議なくらい穏やかな表情が浮かぶ。
「貴方は判っているのでしょう。あの子は、私の娘だわ。其れだけでも十分、私にとって宝物だわ。貴方が、領都に間者を送り込んでいることは知っています。あの子はかなり派手な動きを為て居ましたから、相当気になってるのではないかしら」
「勿論気にはなっておりました。彼のハーケンが連れてきた娘ですから」
「そう。気になっているのは、其れだけなの」
「奴の性格は把握しています。昔、奴の妻が、彼の一見を境に、気の病に取り付かれてしまったことも。それに伴い、奴が相当荒れていたことも。奴が貴方の娘を捨てることを命令されていたことも。其れを実行した後、突然騎士職を辞して、姿をくらませるまでの経緯は、ざっとですが、把握しておりました」
「……」
アリス・ド・デニム伯爵夫人は、その端正な顔を俯かせる。小さく溜息を一つ付いた。
「何故今頃、戻ってきたのでしょう。其れが私には判らない。奴の性格なら、何か良からぬ事を企んでいるのではないでしょうか。何より、彼奴はデニム家に決して良い感情を持っていないのですから。此れで、デニム家に家を潰すと言われている、呪われた双子がそろってしまいました」
彼女が夫との間に出来た、双子の赤ちゃんを無事出産させるために、御爺様がこの辺りの腕の立つ医者を掻き集めた。その為、同じ頃、産み月になっていた、ウエルテス・ハーケンの妻に、真面な医者が付くことも無く。子供は流れてしまう。
彼の妻は、それから自分の子供を探すようになってしまったらしい。いわゆる気の病を患ってしまった。そう言った状況で、御爺様がウエルテス・ハーケンに、生まれてきた子供を捨ててこいと命じたんだ。恨まないはずが無いだろう。
デニム子爵は、奴がどのような企みを持って、戻ってきたのか、怪しく思っている。もし、自分が奴の立場になったなら、若しかすると復讐を考えてしまうかも知れないのだ。
「私はあの男を信じたいと思っています。敵に対しては苛烈な男だけれど。其れが家族なら、きっと大事にしてくれるともう。私の夫とは訳が違うと思いますもの」
姉上が、何処か期待を込めた言葉を紡ぐ。デニム子爵には、その気持ちは解る物の、その気持ちを肯定することは出来なかった。姉上は、自分の願望を語っているに過ぎないのだから。
人は笑っていても、心の中に叛意を持っている者だ。決して信用しては成らない。ましてや、例え直接では無くても、大事な者を奪っていったことを忘れる物では無い。
自分なら、時間を掛けて受けた恨みを晴らそうとする。どんなに時間が経っていようとも、受けた恨みの分だけは返したいと思う物だ。
此れまでの、長い時間の仲で、彼自身も多くの復讐対象を持っている。その名前を挙げるのなら、他人はどう思うかなんて、自分でも判っている。ただ、手が届かないだけで、その時を持っているだけだ。




