姉との対話 7
「そのどちらもです。此れまで御領主様はハーケンを連れて、領主のもとに行き。今回と似たような事をしてきていると聞いています。其れは、ハーケンの力を認めさせるためなのでしょう。新兵の至っては、実戦経験が乏しくなっている今、蛮族達の侵略に備える意味でも、必要なのは判ります。それでも、一度裏切った男を信じるのはどうかと思います」
デニム子爵は今も忘れない。姉が双子を産んだとき、当事のマルーン邦の支配者をしていた、父が苦渋の決断をして、双子の片割れを捨てることにした。そして、その当時姉の護衛騎士を務めていた、ウエルテス・ハーケンだった。
何とも酷い命令を出した者だと思ったけれど。その頃のデニム子爵は、嫡男ではあるが、成人すらしていなかったため。この命令を出したことすら知らされていなかった。
未だ産後の肥立ちから回復していないにも拘わらず。酷く荒れて、当時の侍女達に当たり散らしていたことを憶えている。何も其処まで当たらなくても良いと思っていたことは、姉上には内緒だ。
何しろこの人は、下手な男より間違いなく強い。此れまで、一度だって姉弟喧嘩で、勝てたためしがない。以前腕力に物を言わせようとして、彼はこっぴどい目に遭ってる。口喧嘩なら、尚更勝ち目なんか無かった。
最近は、肉体言語より話し合いで事を済ませようと、為てくれているので、デニム子爵の立場として在りがたくもあった。しかし、だからと言って、決して手が出ないとも限らない。其れが、このマルーン邦を納める、デニム家頭首の姿だった。
此れでも若い頃は、姉上が何処かに嫁いでくれれば、自分がデニム家の頭首に収まることを考えていた。其れは、この邦が王国を名乗っていて時の、はかない夢でしかなくなってしまった。
今となっては、姉上が今の国王に忠誠を誓ってくれて、隣国のなも考えたくないような、野蛮人に支配されることもなく、こうしていられることに感謝しても居る。
何しろ、デニム子爵にとって、姉上のように自分を犠牲にして、マルーンの民を守ろうとは思えなかったから。自分の器には、これくらいの立場が相応しい。何より自分の愛する妻と子を守れるくらいで、十分幸せを感じているのだから。
何より、姉が頑張ってくれている以上。このマルーン邦は安泰だ。もしも、彼女が儚くなってしまったら、マルーン邦の諸将を纏めることなど出来ないだろう。少なくとも、自分には無理だ。ましてや、王に押しつけられた、あの屑ではとうてい出来ないことだろう。何しろ奴は、所詮墓の王国の、伯爵家の四男でしか無いのだから。
何者かが、姉上を暗殺しようとしたことは知らされている。彼はとある個人的な繋がりで、姉の近況をすることが出来ていた。
姉上はその事を、彼に話す気が無いようである。無用な心配をさせないように気を遣ってくれているのは、判るのだが。姉弟として少しばかり情けなくも感じる。
「あれのことを、兵に認めさせるためですわ。何より、言葉よりも力を示した方が、判りやすいでしょうから。其れは,貴方も今回の悪戯で、あの男の実力は解ったのではにかしら」
「アリス様。いえ、姉上。何を考えておられるのでしょうか」
「そうね。孰れは、あれにこの邦の戦力の、要になって貰おうと考えているわ。少なくとも、私が前線に出て、指揮を執らなくて済むようにしたいと考えているの」
アリス・ド・デニム伯爵夫人は、その栗色の瞳を閉じて、厳かに言葉を発した。
「つまり、将軍職に就かせようと目論んでいるのですか?」
「そうね。私が動けなくなることもあるでしょう。そうなったら、力で従えさせることになる。今の将軍も、良くやってくれているわ。でもね、彼はそろそろ引退を考えているようなのよ。安心して、引退させて上げたいと思っているわ」




