姉との対話 4
「姉上、色々と説明して頂けるのでしょう。貴女がそう言った細々としたことを、私に説明する義務はないのは、重々承知しておりますが。それでも、説明して頂きたい」
アリス・ド・デニム伯爵夫人が、こうして時間をとって態々来るのには、このマルーン邦を納めるのに、必要な者達の処へ視察に来るのは、各貴族達の意志を纏めるためだ。
私兵団に、ハーケンが戻ったことを知らせるためと、領主夫婦仲が健在な事を誇示するための旅程とばかり思っていた。その途中で、思いも掛けない暗殺騒ぎも在り。あの屑は王都に帰ってしまったが、デニム子爵的には遭わずに済んで良かったと思っている。
アリス・ド・デニム伯爵夫人は、カップをそっとテーブルの上に置くと、視線をデニム子爵の頬を見詰める。
デニム子爵は心の中で、先ほど姉が若返ったように見えたのは、錯覚だったと思う。今こうしてみると、年相応のよう途端に年を取ったように見えてしまったのだ。取ったように見える。
「どのあたりから説明を為たら良いのでしょうね。取りあえず、今回此方に視察に来た目的について、話しておきましょうか」
デニム子爵は黙って頷く。何より、小一時間で、ナーラダのリコが来てしまうから、部外者に聞かせるわけに行かないことから、話して貰わないと行けない。
「先ず、貴方は此れから、少し驚くようなことを知ることに成ります。其れについては、ここだけの話に為ておいて頂きたい」
「勿論、貴女の弟として、マルーン邦の貴族として、必要な秘密は守ることを、此所に誓います」
デニム子爵は座ったままではあるが、神に誓いを立てるときにする仕草を為てみせる。其れを信じるかは別に為て、この仕草をするとしないとでは、言葉の重みが違ってくるのだ。
「神に誓わなくても良いけれど。先ず事実だけを言いますね。ナーラダのリコは、生きていた私の娘です」
「すいません、良く聞き取れなかったのですが」
「あの子は私の娘なのよ」
デニム子爵の表情が、信じたくないと拒否しているのが、明らかに判る物に変わった。其れと同時に、更に胃が痛くなる。
「一寸待ってくれ。姉さん、確か双子の片割れは、父上の命令で、ハーケンの奴に森の奥に捨てられて、獣の餌になったんじゃあなかったのかい」
産まれて直ぐ、森の奥に捨てられれば、無防備な赤ん坊はあの森に生息している、動物の餌にしか成らない。よしんば、喰われなかったとしても、時間が経てば、生きていられるはずがない。
実際、捨てに行ったハーケンの動きは、見張りに突いていた影からも報告があったらしいから、間違いなく津てられていたはずで。家を破滅に追いやると言われる、双子の片割れを本当に奴が育てていたって事だ。でも、いったいどうやって隠し通せた。
奴が失踪した理由こそが、ナーラダのリコを育てるため。そして、そう簡単に亡き者にできないように、そだてて居たって事か。いったい何故、今更出て来たんだ。何か、企んでいるのか。
デニム子爵の頭に、ハーケンがこのマルーン邦に叛意を抱いていれば、あの呪われた娘を育てることだってるだろう。育てて、其れこそ呪いをこの邦に掛ける。それなら、何故こんな形で姿を現した。
此れなら、何にもならないだろう。姉上が喜んでいるように見えるのは、臣下としての立場として、喜ばしいことではあるけれど。理解できない事実に、デニム子爵はめまいを感じてしまう。




