姉との対話 3
クスクスと笑う顔は、久しぶりに見る姉の、屈託のない顔だ。今日の彼女の表情を見て居ると、まるで若返ったように見える。そんなことはあり得ないのだけれど。娘に戻ったような気がする。
デニム子爵の脳裏に、考えたくないような思いが浮かぶ。真逆とは思うのだけれど。あのハーケンとよりが戻ってしまった、何て言うことは無いとは思うが。其れだって、全くあり得ないと否定できないことだ。
こういった事は、結構良く在る話しで。どこそこの奥方と、そう言う関係を持ってしまう、使用人の話はごろごろ転がっていたのだから。
「話しというのは、真逆ハーケンの奴のことですか」
視察にハーケンを連れ出していることは知っていたから、そう言う事に成っているかも知れないとは思っていたけれど。いわゆる焼けぼっくいに火が着いたって奴だ。
デイモン・デニム伯爵と、視察の最中に、真逆彼奴と逢瀬を過ごしていたとは思いもよらなかった。彼奴が其れこそ、何人も女を囲っていたとしても、彼女がそんなことをしているとは思いもよらなかった。こんな事なら、あの新兵の中に、最も強い兵士を紛れ込ませておけば良かったかも知れない。
姉上の頬が赤く染まり。小さく頷く。
デニム子爵の胃がきりきりと痛くなり。目の前が暗く陰ったような気がした。
彼は自分の姉が起こした、醜聞をどうやったら無かったことに出来るか、拘束で考えを纏めようとする。其れで、此所にあの屑の姿がないことが、本当に僥倖な事だと思う。それとも、その事がばれたから、あの屑が王都に帰ったのかも知れない。それなら、今頃手を打っているかも知れない。善後策を検討しなければ行けないだろうか。
突然、姉上が笑い出した。それも、最近見ないほどの大笑いだ。淑女の微笑みではなく、女将軍の笑い声だ。
扉をノックする音が、デニム子爵の後方から聞こえる。部屋の前で待機している、メイドが何かあるのかと気遣っているのだろう。彼女に此れを聞かせるわけにも行かないから、何でも無いと声を掛けた。
「ディーン、何を考えていたの。悪人顔になっているわよ」
「いや……その」
「何を考えていたかは、だいたい想像が出来るから。そう言う事でないことは間違いないわ。だから、安心しても宜しくてよ」
クスクスと、また笑い出す。何と言って良いか、この姉上にからかわれたことだけは判った。
「何より、彼奴は未だに奥様を愛している。それに、この世で一番大事なのは、リコになってしまっておりますからね。私が入り込む余地など有りませんわ」
「あのメイドは、奴の娘というわけですか」
「そうね。一応そう言う事に成っているわ」
「と言うと」
「あの子の見た目を見れば分るのではないかしら。それに性格もね」
デニム子爵は、姉が屑を裏切っているより、よほど困った告白を為てくれた。更に胃の痛みが増すのを感じる。目舞いがする。それどころか吐き気まで、感じるようになってしまった。
国を滅ぼすと言い伝えられている、双子がそろってしまった。十三年前に、産まれたばかりの赤ん坊を、秘密裏に処分したはずが、実は生きていた。其れが、どういった経緯か知らないが、マリアの影武者を遣っている。そっくりなのも当然だ、二人は姉妹なのだから。
此れは未だ、ハーケンと、いい仲になってくれていた方が、良かったかも知れない。其れが公になれば、デニム家の行く末が難しくなる。何故、姉は処分をせずに、こうして使っているのだろう。
ハーケンの奴だって、出て来なければ、何の問題にもならなかっただろうに。
デニム子爵の頭の中で、ハーケンが護衛騎士の職を投げ打って、姿をくらませたのか繋がった気がした。其れも此れも、あの娘を簡単に始末できないようにするためだ。




