姉との対話 2
アリス・ド・デニム伯爵夫人と、デニム子爵は侍女の先導で、会議室の中に足を運ぶ。侍女は伯爵夫人に向けて、満面の笑みを向ける。確か彼女は、準男爵の五女だっただろうか。彼女もまた、この砦付の侍女ではなく、領都のお屋敷に奉公に出たかったのだろう。
何しろ、この砦にいる男どもは、その殆どが平民の子息でしか無かったのだから。何より、玉の輿的な婚姻は、どんなに望んでも適わない。其れもあって、姉の目にとまれば、若しかすると領都に行ける。
恐らく狙いは、王都まで行くことだ。その為には、少なくとも姉に取り入らなければ、何一つ叶えることなど出来ない。
所詮は下級貴族の、三女以下に産まれてしまった以上。真面な家に嫁ぐことなど、中々適わない。何よりも、砦の中で働いていたのでは、金持ちの男など捕まえることなど出来ないのだから。
デニム子爵は、あの娘では望みは叶わないだろうなと思う物の。其れを顔に出すことも出来ないので、メイドの方を眺める。彼女は、砦の北西にある村の出身で、最近兵士と付き合いだしたばかりの、十四歳だっただろうか。村娘にとっては、この砦に勤める私兵の収入は、大変魅力的に見えるのだろう。
因みに、このメイドの煎れてくれるお茶は、子爵のこのみに有っている物だったので、出来れば結婚退職などして欲しくないと思っている。何よりあの歳で、あれだけ工夫できる頭の良さは、中々見付けることが出来ないのだから。
「其れでは、お茶の用意を頼む。そうだな、小一時間ほど為たら、マリア様をお呼びしてくれ」
デニム子爵は取りあえず、メイドにお茶の用意を命じた。本来なら、侍女に命じて、其れをメイドに実行させるのが筋なのだが、此所にはメイドが用意を調えて待っているのだから、その辺りは問題ないだろう。
何より、あのお茶を入れる手際の良さを、姉に見せたいと思ってもいるのだ。何しろ、彼女がもう少し大人ならば、色々と声を掛けたかも知れなかった。しかし、其れを遣るとあの屑と一緒になりそうで、これ以上踏み込むことが出来ないでいた。
コトリ。
侍女とメイドは、良い香りのするお茶をテーブルの上に、置くと並んで、頭を下げて、退室して行く。扉が閉じれれると、侍女がメイドに此所で待機しているように、指示を為ているのが聞こえる。勿論、メイドの仕事は、この部屋にいる我々が快適に過ごせるように、気を遣うのが仕事だ。
ああいったことを指示するまでもないだろうに、自分の点数稼ぎのために、少しばかり声を大きくしているのだろう。
アリス・ド・デニム伯爵夫人は、少し微笑みながら、ティカップにその赤い唇を付けた。何時もより、付けている香水の香りが少ないような気がする。化粧の方も、薄化粧で男どもを引き連れて、国中を闊歩していた頃を思い出す。
デニム子爵は、彼女が若返ったように見える。細い目を更に細くして、笑ってしまった。此れから、遠乗りに出掛けると、宣言されるような気がしたからだ。
置いていかれるのが嫌で、必死に馬を駆っていた頃を思い出してしまった。そう言えば、今使っている香水は、彼女が若い頃、よく使っていた物だった。
あの屑と一緒になってからは、絶対に使わなかった物で、其れが何で今更使う気になったのだろうか。
「姉上。此れから遠乗りに行くなどとは、言い出さないで下さいよ」
デニム子爵は思わずそんなことを口に為てしまった。若い頃の記憶が、それを言わせてしまった。
アリス・ド・デニム伯爵夫人は、まるであの頃のように、面白がるように大きく笑った。
「そうね。其れも悪くないかも知れないわね」




