姉との対話
砦の中の長い廊下を、デニム子爵はアリス・ド・デニム伯爵夫人をエスコートして、ゆっくりと歩いている。内心は此れから、姉から咎められることが、明らかでも関わらず。貴族の教示として、死刑台に向かうような気持ちながらも、頬には僅かに笑みを貼り付けている。
砦の練成場の方から、訓練を終えた者達の、大きな笑い声とハーケンを称える声が聞こえてくる。古参の兵士にとっては、全盛期と変わらない強さのまま、英雄が帰ってきたのだから。喜ばしいことなのだろう。
昔を知らない、兵にとっては単純に、強い仲間が加わったことが嬉しいことなのだろう。何しろ、ハーケンの強さは化け物じみている。目の前で、無双するところを見せつけられたのだから。
談話室の用意を命じておいた、侍女とメイドが、目的の部屋の前に二人並んで立っていた。メイドの左手側には、何時ものワゴンが有った。そのワゴンの、上には銀製のポットと、ティセットが乗せられている。下の段には、少し武骨な箱が置かれている。箱の中身は、恐らく焼き菓子の類いが入れられているはずだ。
侍女とメイドには、明らかに仕事の分担がある。侍女は貴族の令嬢の中でも行儀見習い的な目的で、上位貴族に奉公に上がっている者が殆どで。時折、その明晰さを買われて、主人の相談役やメイド達の統括を行う者も居る。先日、姉を庇って暗殺者に刺された、ドリーという侍女は後者になる。そう言った意味では、ドリーという次女は何処の娘かは知らないが、其れで死んでしまっていたとしても、家にとっては誉れとなるだろう。
メイドと呼ばれる者は、基本的に平民の出で、侍女の命令を受けて、屋敷の細々とした雑用をになう存在だった。だから、あのナーラダのリコという娘のように、姉の側で、目を見詰めて話しなどもっての外な立場なのである。
あの顔には驚いた。本当にマリアと同じ顔だったから。あまりにも似すぎている者だから、ハーケンの奴が捨てに行った、赤ん坊を思い出してしまうほどだった。
真逆、ハーケンが赤ん坊を捨てる命令違反を為て、育てていたなんて言うことは考えられない。あの時、ハーケンの行動を監視していた者が居り。間違いなく、森の中に赤ん坊を捨てたことを証言している。その証拠に、当時の証言を為て居た者の、記録は残っており。デニム子爵は、その記録を読んだ記憶があったのだから。
次女とメイドの二人は、それぞれ丁寧にコーツイを為てくる。その形も、微妙に次女とメイドでは異なる。その辺りは、お仕着せのメイド服にも明らかな、違いがある以上、当然のことだ。
如何したって、貴族の子女と村娘の其れなのだから、その辺りは仕方が無いことだと思う。ただ、あのナーラダ村の娘は、貴族令嬢と言われても、不審には思えないほど、綺麗なコーツイを為て見せてもいた。そして、その軸のぶれない身ごなしから、其れなりに鍛えられていることが窺えた。流石に、姉が見つけ出して、鍛え上げただけと思っていてのだが。
其れなのに、ハーケンを応援しているときの、表情も言葉遣いも、無様なほど村娘丸出しになったいた。
次女が、ニコリと微笑むと、扉を開いて、頭を下げる。開かれて扉の先には、中庭がよく見える大きな窓が在り。外を眺めることが出来るように、ガラス戸が填められている。
部屋の中は、かなり広い空間になっており。十人からで、会議が出来るほどの大きなテーブルが設置されている。この時間は、この部屋は使うことが無いから、姉と水入らずで話が出来る場所として、デニム子爵が設定した場所だ。




