子爵の目論見 7
この砦に駐屯している、兵隊全員が、勝利者に対して、賛美の声を上げた。少なくとも、此所に居る兵士どもにとって、ハーケンは頼りに成る仲間だと受け入れられる。何処の蛮族かと思わないでもないが、小隊一つ分の戦力が、ある訳なので、何かあったときに生き延びられる可能性が上がる。其れは、歓迎するのに十分な理由になる。
たった一人で、十人の兵士を打ち負かせるだけの強さは、単純な男達にとって、尊敬と憧憬の対象になる者なのだから。だから、アリス・ド・デニム伯爵夫人は、こう言った無茶な模擬戦を承諾したのかも知れない。何しろ、彼女は昔から、彼奴の事を頼りに為ていたのだから。
この国が、この王国に取り込まれなければ、姉がハーケンの元に降嫁為たかも知れないほど、二人の中は親しく見えていた。あくまでも、王女と騎士との関係であったが、たまに二人の関係が噂に上るほどであった。
マルーン王国で、最も強く。其れなりの立場さえ有れば、一軍を従えることが出来たかも知れない。しかし、残念なことに彼には、そう言った条件がそろっては居なかった。
貴族ではあったが、ハーケンの爵位は男爵家の三男でしか無く。貴族というのも烏滸がましい存在だったから。当然のことながら、よほどの戦功を上げなければ、マルーン王国の王女を嫁になど、冗談でも口に出来ないことだった。
デニム子爵は、誰にも気付かれないように、小さく溜息を一つ。彼の試みは、思っていたこととは反対の結果を招いた。それでも、優秀な騎士が戻ってきたことを、確認できた。
そう悪い話しでもないか、心の内で呟くと此れまで座っていた、椅子から立ち上がり。この場の責任者としての体裁をとるために、ハロルドに試合終了の合図を送る。
予想では、ハーケンの奴が、実力を落としていることが判って、此れから姉に、奴の処遇を変えさせる積りだったが、此れでは小隊長クラスの実力とは言えないと、進言することになるだろう。腹が、少しばかり痛くなってきた。この後に、食事の予定なのだが、まともに食べることが出来るだろうか。不安な気持ちになった。
「勝てて良かったですわ。とても新兵とは言えない者が混ざっておりましたから。処で、ディーン……後でお話があります。何処かお話が出来るところで、お茶でも致しましょう」
姉の栗色の瞳が、デニム子爵の目を見詰めてくる。此れは明らかな、詰問に誘われている。逃亡は許さないと、彼女の声音が語っていた。
「マリア。私達は一寸話があります。この直轄地に対する、報告を聞くのはその後になるわね。その間、砦の中でも散歩していらっしゃい」
姉の言葉と表情が、自分の娘に対するような優しげな物に変わる。
音程が一寸ではあるが、高くなっているところを見ると、あのメイドのことは、姉は結構お気に入りになっているのかも知れない。顔があまりにも、マリアにそっくりだからなのか、真逆捨てた娘のように思っているんじゃないだろうな。
デニム子爵は、生まれたばかりの赤ちゃんを、自分が最も頼りに為ていた、ハーケンに捨てられたことを知ったときの、姉の気が触れたような姿を思い出す。あれは、とてもでは無いが見られなかった。その後の、荒れようときたら、弟である彼のトラウマになるほど恐ろしかった。
あれを見てしまえば、百年の恋もいっぺんで冷めてしまう。そんな恐ろしい姿だった。
流石に其れを命じた、父に手出しはしなかった物の、何人もの使用人が、恐怖して辞めていったか判らない。
今でこそ、彼女は尊敬されるマルーンの女傑と呼ばれているが。昔の彼女は、恐怖の女将軍と呼ばれて、他の貴族達に恐れられていたのだから。




