子爵の目論見 6
三人の戦闘は、未だ継続している。此れが本当に、新兵だけなら、これほど時間が掛かったりしなかっただろう。
本来なら、既に審判を務めるハロルドが、止めて終了となる。しかし、彼はこの模擬戦に限り、止めに入る様子がなかった。実際彼は、ハーケンに対して矢張り思うところが在るのだろう。己が忠義を捧げているはずの、アリス・ド・デニム伯爵夫人を見捨てて、失踪してしまったハーケンの事を許せないで居る。
勿論この役割を、ハロルドにあてがったのは、デニム子爵の采配である。何を言わなくても、こうしてハーケンが不利になるように、判断をするように仕向けていたのだ。
此れが公になれば、多少は問題になるかも知れない。それでも、此れは公とも言えない。単なる鍛錬の一貫でしかないのだから。そう言う事を、デニム子爵がそう言う流れを作っていたとしても。それを命令していたわけでもないので、咎めることなど出来ない。
デニム子爵の遣り様は、決して褒められた物ではなかったが、絵図面を描いたとも言えない物だった。其れを知られれば、姉に咎められるが、誰も証明することの出来ないことだ。彼が為たことは、そうなったら良いな、と思ったに過ぎない。
思惑は見事に現実の物となったが、ハーケンの実力は全く衰えては居らず。用意した兵士達は、ほぼ全滅という為体となった。こうなったなら、成るべく損耗を無い状態で、この企みを終えることを願うのみだ。
勿論、デニム子爵が率先して止めれば、これ以上損耗を避けることが出来る。判っていても、彼の気持ちの中に、自分から止めることを躊躇させる物があった。
事態は急速に進行して行く。槍持ち兵士が、意を決して突きかかる。二度三度と突いているうちに、後方に回っている盾持ちが、背中に槍を突き立てようとする。何度か同じ先方で、襲いかかるもその試みは、成功はしていない。ハーケンが、後ろにいる兵士の動きを察知して、身を翻して避けてしまうからだ。
今回は、その動きに一つ違う動きが割り込む。ハーケンの手元から、小石が放たれた。盾持ちの兵に、速い動きで小石が投げられる。奇襲の投石だ。
至近距離からの、投石にもかかわらず、盾持ちの兵は反応が出来た。盾で、小石をはじき返す。例え小石とは言え、これだけの至近からの石なら、当たれば戦況が決ってしまう。あれを受け止められるのは大した者だと、デニム子爵は思った。
ハーケンの動きは、其れだけではなかった。あの投石は、盾持ちに対する牽制だったらしい。槍持ち兵士の槍を剣で、大きく弾くと。懐に飛び込んだ。こうなると、槍と剣の間合いの有利が無くなって。逆に槍が不利になる。槍持ち兵士の後退を、彼は許さなかった。
ハーケンの肘が、槍持ち兵士の脇腹に撃ち込まれる。その一発で、槍持ち兵士の動きが止まる。
其れを確認する暇も無く、ハーケンが後ろにいる、盾持ち兵士の方に視線を向ける。戦場なら、兵としての戦意は挫かれてしまう。逃げ出していても不思議はないのだけれど。今は模擬戦という訓練の一貫なのだ。
ハロルドが、互いの状態を勘案して、模擬戦を終了の宣言するまで終わらない。あるいは、どちらかが敗北を宣言するまでは。
「こりゃ勝ち目無いわ。すんません、俺達の負けです」
盾持ち兵士が、審判を務めている、ハロルドに頭を下げて、負けを認めた。
「……」
少しの間があって、ハロルドがハーケンの勝利を宣言した。




