大迫力の模擬戦
兵隊さん達が、良い感じに身体が温まった頃。徐にデニム子爵が、奥様に話しかけた。その表情は、何の気の無いことを言っているようだけれど。もしかして、手ぐすね引いて待っていたのかも知れない。
実際、マリア・ド・デニム伯爵令嬢の命を助けた褒美として、父ちゃんは隊き違反を免除されている。それでも、父ちゃんは私兵団に戻る際に、昔なじみの仲間から、腕が落ちていないかを確かめられた。その時は、隊長クラスの兵隊さんとのタイマン十連チャンだった。
あたしは見ては居ないのだけれど。その全員に、模擬戦で勝ちきったそうだ。だから、領都で一番強いって言われている。
「どうでしょう。ハーケン殿も一緒に身体を動かしてはいかがでしょうか。何しろ、我が隊の者達も自分の勝手で、隊を離れた者が、いつの間にか戻ってきて、大きな顔をしているのが気に入らないようですので、手合わせを為たいと言ってきて、困っているのですよ。今回は、良い機会ですので、その実力を拝見させて頂きたい」
「やはりそう言うことに成りましたか。他の処でも、其れなりに実力を見せているのですから、いい加減皆さん納得しても良さそうな気がしますね」
奥様が扇を開きながら、溜息を付きながら言っている。それでも、奥様の瞳には、何処か楽しそうな色が感じられる。なんか、悪役令嬢が此所に居る気がする。
「ハーケン……。宜しいですか。少しの間、鍛錬に付き合ってお上げなさい。出来れば、死人は出さないようにお願いするわ」
「此所の兵の殆どが、槍兵のようですが。どう致しましょうか、姫様」
「そうですね。最強の兵との一騎打ち。その際には、槍を使ってお上げなさい。それからは、時間も勿体ないので、好きな武器を使って、十人も仕留めれば良しとしましょうか」
奥様は実に楽しそうに、そんなことを言ってのけた。
「アリス、其れは言い過ぎだろう。私の兵達は、領都の兵達よりは強いはずだぞ」
デニム子爵は苦笑を浮かべて、奥様に言い返す。この人は、父ちゃんの強さを重々知っている見たいだ。其れなのに、こんな企画を持ち出してくる。
「あの……お母様、他の視察の間にも、ハーケンが模擬戦の相手を為ていたのですか」
あたしは思わず、奥様に尋ねないでは居られなかった。其れって、其れって、体の良い興業なんじゃ無いだろうか。
確かに、父ちゃんはあたしの事を捨てに行って、そのまま拾ってきてくれた。その際、あたしの事を守るために、無理遣り軍を辞めたらしい。其れまで、やんちゃだった奥様専属の護衛騎士にまで、上り詰めたにも拘わらず。あっさりと、領都から出奔してしまった。
当時でも、邦の重鎮の護衛騎士を遣っていたほど、相当強かったらしい。マルーン王国の頃の話しだけれど。父ちゃんの名を聞くだけで、盗賊団なんかは、あっさり降伏してきたくらいには、名が知られていたそうだ。ただ、あたしはこの事は眉につばを付けて聞いている。何しろ、この話は父ちゃんが酔っ払ったときに、話していたことだからね。
そこそこ強いとは思うよ。実際、あたしも小隊の男どもから聞いたから、領都の小隊長よりは強いって言うのは信じている。ただね。普段の父ちゃんのだらしなさを見ていると、そう言う事信じる気にならないんだよね。
奥様が言うように、十人の兵隊さんを一人で、仕留めることが出来るとは思えないんだよね。あたしは、小隊の連中を負かしたことはあるけど。あれは色々と条件が重なったからだから。あたしだって、小隊の連中と昼間に、白兵戦をやったら勝てないからさ。




