一寸した冒険 26
自警団の若い衆は、今の処怖じ気づいているようで。前に出る様子が無い。其れもその筈だろう。何しろお年寄りとは言え、気合いの入っている人達の集まりだ。其れが、どんどん集まってきているのだから。数的に自警団を上回るのも時間の問題かも知れない。しかも、彼らの手には古くても其れなりに使い込まれた、武器が握られているのだ。
ふと、父ちゃんに聞いた熊に出くわしたときの対処法を思い出した。視線をそらさないで後退する。集まってきてくれている武装した年寄りにとっては、あたしは何でか解らないけれど、姫様らしい。だから、命じることが出来るのかも知れない。案外、あたしのことをマリアだと思っているのかも知れないからだ。
「殺し合いなんか駄目だよ。このままゆっくいりと後退。狩猟ギルドの建物に、この家族を連れて行くからね。私は同じ領民同士での殺し合いは許さないからね」
お年寄り達の笑い声が止まった。意外な顔を為ている人も居るけれど、納得の表情をしている者も居る。何とか、あたしの命令を聞いてくれそうなので、内心ホッとする。
今まで自警団を煽る声が有ったけれど、其れが嘘のように止まると。じりじりと後退してくれる。ほんとに命令を利いてくれたよ。嘘みたいだけれど、これで怪我人を出さずに済むかも知れない。
自警団の若い衆の一人が、飛出してきた。此奴が集団を動かしているのかも知れない。追いかけろと叫んでいる。何だか、あたしも犯罪者になってしまっている。どうせ顔も解らないだろうから、気にすることも無いのだろうけれど。少しばかりむかつく。折角収まりそうなのに、物の判らない奴はどこにでも居る。
だからといって、弓で射るわけにも行かない。少しでも刺激すると、どうなるか判らないのだから。
「良いかい。あんなチンケな餓鬼なんか、相手にするんじゃ無いよ。このまま狩猟ギルドまで行けば、私たちの勝ちだ。良いかい、判ったね」
なんか変な気分だ。だって周りには、話したことも無いようなお年寄りが一杯いて。いつでも殺し合いが出来る体制をとりながら、少しずつ後退しているのだから。こういうことは、本当は軍の偉いさんの仕事だと思う。あたしみたいな、なんちゃってメイドの仕事では無い。
百歩譲って、マリア・ド・デニム伯爵令嬢がこれをするなら判るんだけどね。あの子にはこれは無理だと思う。どのみちこんな処に出ては来ないだろう。賢い子だからね。
どちらも暴発があれば、間違いなく殺し合いに発展してしまう。そんなことに成ったら、こんな寝覚めの悪いことは無い。だって、同じ領民なんだから。駄目絶対。
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