夜の散歩
まだ寝るのには早すぎる。明日早いとは言っても、あたしにとってはまだ宵の口でしかない。昨日と違って、空には半月が掛かっている。青みがかった月の光は明るい。前世では、この時間は仲間達と、遊び歩いている時間である。この世界では、夜は暗い物ではあるけれど、これだけ明るければ、屋敷の周りで動いている者に気が付く。しかも何となく殺気立っている。
今のあたしは、これくらいの明るさがあれば、前世の街中より明るく感じる。庭師さんが何人か、この時間帯に獲物を持って、出て行こうとしている。その中に、最近、見知ったばかりの貴婦人の姿を見かけた。黒いズボンに同色の胴着を着て、まるで男のような格好をしている。腰には短めの剣を下げていた。
視線を兵舎の方に向ければ、ぱらぱらと兵士達が出てくるのが見える。彼らは流石に、一般の兵士の格好をしている。手槍を持つものや剣を持っている者が居る。その中に、ひときわ目立つのが、身の丈より大きな弓を持っている、父ちゃんだという事は判る。
「何かあるのかな」
あたしの中で、わくわくしてくるものがある。好奇心は猫を殺すと言うけれど、何が起ころうとしているのか、知りたい気持ちになってくる。それに、父ちゃんが関わってくるのなら、尚更である。
一番可能性があるとするなら、マリア・ド・デニム伯爵令嬢の誘拐事件の後始末が考えられる。実行犯は、単なる雇われで、計画を立てた奴に指示された通りにやったら、誘拐できてしまったらしい。そのことは、父ちゃんが捕らえた男達に、尋問すると素直に応えたので、本当に捕らえた少女の価値すら知らなかった。
逃げおおせたら、金貨十枚を貰えることになっていたらしい。つくづく馬鹿だなと、あたしは思った。金貨百枚でも割に合わないだろう。それ以上の価値があの子にはあったのだから。
ゲームのオープニングシーンを構成する要素には、なんか陰謀があったのか。もしかして、この頃から悪役令嬢の破滅のフラグがあったって事。それに父ちゃんも関わっていた。納得なんですけど、なんだかむかむかする。
あたしはなんか嫌な感じに、顔をしかめた。良いように操られているみたいなのは、非常に気にくわない。
あたしは少し困ったなと思う。既に身体は清めてしまっている。今から夜遊びに出かけたら、清めるためのお湯は入れて貰えないだろう。寝てしまえば、何の問題も無く、ナーラダ村に出かけることが出来る。
あちらに行くことも、結構な重労働になる。きちんと寝ておかなければ、色々と大変なのは解りきってる。
うだうだとそんなことを考えながら、あたしは無意識のうちに。部屋着としてのワンピースを脱ぎ捨てて、自分の服に着替えた。やはりこの服の方が、動きやすい上に、汚れも気にならない。自分にあった短剣と、短弓を取り出す。
そして、荷物の入っている図た袋から、ロープを引きずり出す。ロープの先にはかぎ爪が取り付けられている。手早く、窓枠にロープを固定する。あたしは夜のお散歩は大好きなのだ。
ちょっと出て行って、父ちゃんに事情を聴きに行くだけ。そうあたしは言い訳を考えながら、窓枠に足を掛ける。つくづくもう少し背がほしかった。窓の位置が少し高すぎる。
次の瞬間、あたしの両腕に全体重が支えられる。まだ風が強い。




