黒い番犬の仕事
猟師ギルドの建物を出ると、ヘクター・リントンは深々と溜息を付いた。太陽の光が、辺りを照らし出す中で、今の彼の姿は少しばかり異様に見えるかも知れない。
実際デニム家の執事が、早朝の町中に剣を携えて居るだけで、かなり目立ってしまうのだ。領都の住民は、御屋敷の執事服は知っている。流石に顔まで知る人間はいないけれど、衣装については知っている人間も多いのである。
早朝のこの時間には、街の住人の生活が始まっている。街の其処いら中で、パンを焼く匂いが立ち上り始めている。そのパンを焼いているのは、正式に免許を持っているパン屋が作っている。其れを住人が、任意に買って食べているのである。
このパンも、貴族階級にとっては重要な収入源となっている。小麦の処で税として、製品としてのパンに対しても税を掛けているのである。他にも色々と見えにくいところに税を掛けてはいるけれど、全体として今の処問題になって事はない。
もう少しすると朝食の準備に、領都の女将さん達が繰り出してくる頃である。ヘクター・リントンは、あまり彼女達に姿を見られたくはなかった。剣を持つ執事というのは、異様で記憶に残ってしまう。
迎えの馬車が、裏通りからやってくる音が聞こえる。あまり目立たないように、静かな足取りを命じているので、住人の記憶には残らないだろう。
もう少し遅い時間ならば、デニム家の馬車などよく見かける乗り物だから、領都の人間達は気にもしないだろうが、早朝だと何か緊急の出来事があったと思うはずである。
実際緊急事案ではあるのだが、其れを領民に知らせるような物ではないのだ。半年前の出来事は、領民にとって未だに鮮明に記憶に残っているはずで。其れを呼び起こさせる必要はないのである。
デニム家の紋章を扉に彫り上げた、比較的地味めな二頭立ての馬車が、ヘクター・リントンの前で止まった。御者席には、どこからどう見ても普通の御者の衣装を纏った下僕が乗っている。
ヘクター・リントンは、その御者に直ぐ出るように合図を送ると、自分で扉を開けた。御者に背を向けるようにして、彼の信頼するもう一人の下僕が座っていた。どこにでも居るような、平民の男のような格好を為ている。さっきまで、自警団の若い衆を遣っていたのである。
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