汚い大人 3
ターラント男爵は、そんなことをうっかりと呟いて、慌ててこの部屋を見回し。誰も居ないことをちゃんと確認してから、深い溜息を漏らす。このような本音を、誰かに聞かれたら。立場が危うくなる。
其程大きな影響力を持たない、長の部屋を盗聴するような者など考えられないことだから。心配要らないのだけれど、この本音が知られることは不味い。何より、この辺り一帯を支配しているアリス・ド・デニム伯爵夫人に知られたら、粛正されることはなくとも、決して愉快なことにはならないだろう。
あの女傑は、決して侮ってはいけない相手なのである。その証拠に半年前の、粛正は見事なほど手際が良かった。絶えずちょっかいを出してくる隣国に対して、毅然とした態度をとることによって、隣国の軍事行動を押さえたのだから。
彼女の娘を誘拐するような事件は、ターラント男爵の見立てでは陽動だったのだ。上手くはいかなかったが、中々痛いところを突いてきたと思う。
なんと言っても、このマルーン地方は、アリス・ド・デニム伯爵夫人の手腕によって、守られていたのだから。中には、この国の王は女のスカートに隠れて政をしていると、揶揄する者も居る。勿論そんな噂を流している者は、隣国の者に心を売った者なのは明らかだ。
隣国から見たら、マルーン地方を統べるアリス・ド・デニム伯爵夫人は邪魔で仕方がない障害物となっている。マルーン地方は何よりこの国で、最も平坦で、行軍に適した場所なのだから。
実際、隣国は伯爵夫人の指揮で、散々に打ちのめされていた。他の者では、これほど手強い軍を編成できないだろう。何しろ、彼女が一声掛ければ、戦うことの出来る平民が、こぞって剣を取り立ち上がる。
その上占領したと思った足下で、平民達が遊撃戦を繰り返すのだから。それだけでも、侵略者にとっては痛手なのに。デニム家の保有する私兵団は、地の利のあるマルーン地方においては鬼神のように手強かった。
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