良く似た娘。
執事ヘクター・リントンは、内心ホッとしながら、戻ってきた一個小隊の騎兵達が、城門の中に入ってくるのを、自室の執務室から眺めていた。その様子からだと、単に帰りが遅くなった、隊長の娘を迎えに行っただけのように見える。領都で騒ぎを起こしては来なかったようなので、安心することが出来た。
ナーラダのリコは対外的には、一メイドにすぎないので、これほどの騒ぎを起こすことは容認できないことだった。街に放っている間者の報告によると、被害者となった御嬢様は実にまっとうな判断を為てくれた。
アリス・ド・デニム伯爵夫人が留守に為ている今、領都で騒ぎを起こされるのは、困った事になるのである。もしも、町中で私兵が勝手に武力を行使することは、失点となるのである。
やはり女では、この最も重要な要所を任せておけないという議論が為されるかも知れない。今まで、上手く隣国をいなしてきたのに、もっと信頼の置ける者に任せるべきだなどと言い出す者が居るのである。
「リコ殿は、昔の奥様に良く似ていらっしゃる。私兵どもを従えて、入城為てくるところなどそっくりだ」
彼は、アリス・ド・デニム伯爵夫人が伯爵令嬢と呼ばれていた頃を、思い出した。あの連中のように、御嬢様の側にはウエルテス・ハーケンと自分が付き従っていた。あの頃は、実に楽しかったことを憶えている。
そして、淡い恋心と痛みを伴う記憶がこみ上げてくる。結局奴も自分も、思い人とは結ばれることが無かった。最初から判っていたことではあるが、政略の名の下に、先代様が取り決められることに、異議を申し立てることは出来なかった。
楽しそうに、我々の肩を叩きながら、歌を歌っていた彼女はもういない。必死に政を行う領主がいるだけである。
そういえば、アリス・ド・デニム伯爵夫人が鼻歌を歌っているところを見ていないことに、ヘクター・リントンは思い当たった。
ヘクター・リントンは、一瞬だけだけれど、額に深い皺が寄った。次の瞬間には、満面の笑顔に戻る。何時もの執事としての表情である。
ナーラダのリコの視線が、自分の顔に注がれていることに気付いた。流石にこの暗さだから、彼女に表情を見られたりしていないだろうけれど。あの顔は、子供に見せるような者では無い。
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