マーシャの私設保育所 10
全員の前に、晩餐がそろったところで、マーシャおばさんが真っ先に両手を組んで、皆の顔に視線を向けてくる。食事の前に、今日の糧を育んでくれた、偉大な神に祈る事がお約束になっているのだ。
マーシャに倣って皆が手を組む。因みに、普段のあたしは食事の前に、こんな事はしない。だって、あたしは神様の存在を信じていないから。あるとすれば、命を奪ってしまった、動物に対しての祈りがあるだけである。何しろ、前世の宗教は酷い状態だったから。とてもじゃないけど、神様の存在を信じることなんか出来ない。
この世界の常識として、宗教が事の善悪の規範となっていた。だから、其れなりに神様を信じている振りぐらいは、しておかないと生きて行くことすらできなくなってしまう。神様を信じているとは言っても、それぞれ濃淡がある。あたしは薄い方かも知れないな。
マーシャおばさんは、極一般的な信者といえるのかも知れない。本当に小さな頃から、こうやって毎日神に祈りを捧げてきているのだから。だからといって、彼女のために神の奇跡が在ったわけでも無いのに、そうやって祈り続けられる。前世の記憶持ちのあたしには、理解できないことだった。
これだけ皆が、良くありたいと思って、祈っていたところで、災害はやって来てしまうのだ。飢饉には餓死者だって出るから、人の世に何ら良いことを遣ってくれないのだから。
そんなことを考えながら、あたしも皆に合わせて、手を組んで祈りを捧げる。祈ってる相手は、神様では無い。喰うために命を奪ってしまった、動物のために祈る。あんたらのお陰で、今日も生きることが出来る。ありがとう。
ぶっちゃければ、此れである。皆には、祈りの言葉が聞こえない。本当に助かっているのだ。このことが知られたら、あたしは異端者って事になっちまう。気を付けなければいけないだろう。
あたしの前には、鹿の肉だろうか、其れを薄くスライスして、火を通した物が置かれている。その横には、カップにスープが注がれている。よく見ると、兎肉が浮かんでいる。パンは、テーブルの真ん中に人数分置かれている。食卓に持ってくる前に、火を通しているのか、香ばしい香りが端を楽しませてくれる。
ここではを為てみせる必要は無い。ほぼ手束みでの食事となる。平民にとって、フォークだとかナイフだとかは、手に入るような物では無いのだ。
只残念なことには、味付けには塩しかないことだった。其れも仕方が無いことだけれど、何より香辛料の類いはとても高い物だった。なんと言っても、外国から輸入しなければならない物だから、如何したって高くなる。庶民には手の届かない代物だった。
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