マーシャの私設保育所
ギルドから西に行った下町にマーシャの家があった。彼女の家は下町にある一軒家である。この辺りでは大きな家である。先の戦の時に、隊長を遣っていた、叩き上げの戦士の家である。いわば英雄の住処だ。
今も生きていれば、アリス・ド・デニム伯爵夫人を助けて、私兵団をまとめる将軍的立場に居たことだろう。勿論彼は、平民からの叩き上げであるから、せいぜいが男爵位を取得するに止まっていたかも知れないけれど。マーシャは、貴族街に住むことになっていただろう。
だいぶ暗くなってきた下町の道は、灯りがあまり多くない。何しろこの辺りには街灯的な物は全くない。あたしには、この暗さは何時ものことで危険を感じる物じゃ無い。空には半月が登っているから、足下に困ったりはしないから。実は隣を歩いている、レイが持っているランタンの明かりが邪魔なくらいである。
少し肌寒いけれど、なんと言っても今は春先なのだ。色んな処に春の浮き立つような雰囲気が見て取れる。それぞれの家々の窓から、暖かな生活の光が漏れてくる。
時々、親が子供を叱る声ですら、どことなく優しく聞こえてしまうくらいである。
「御嬢、だいぶ遅くなっちまったな。早くしないと晩飯に、間に合わなくなっちまうな」
「先に帰っても良いよ。あたしは一人でも帰れるからさ」
レイが困ったような顔を為た。
「そんなこと出来るわけ無いだろう。いくらお嬢が出鱈目に強いからって言っても、一人で夜の街を歩かせるわけに行かない」
レイはあたしのことを、女の子と思ってくれているのだろう。乙女ゲームさくらいろのきみに・・・のスチルで、悪役令嬢マリア・ド・デニム伯爵令嬢をエスコート為ている時みたいに、スマートでも無く優しそうな笑顔を見せてくれていなかったけれど。
一応気に掛けてくれているのが解る。
「あんたを大事にしないと、隊長に殴られるからな。知ってるか、あの人に殴られると、一月は青たんが消えないんだぜ」
と、レイは小さく笑うと言った。ランタンの明かりが少し揺れた。
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