行儀の悪い食事風景
厨房から顔なじみではあるが、名前を聞いたことの無い料理人さんが顔を出した。厳つい、角張った顔に、白い三角巾で髪を隠している。瞳の色はあたしと同じ栗色。
「出来たけど、暖かいうちに食べた方が良いぞ」
料理人は機嫌が悪いのではないかと思わせる。
「あ、ええ。食べます」
「あんたも食べな。今のうちだぞ」
料理人さんは、料理をのせたワゴンを押してやって来て、深皿をあたしの前と向かい側の席に、一枚ずつ置いた。そして、少し火を通したパンが入ったバスケットを置く。チーズの切り身が乗せられた小皿。赤ワインのボトルと、ワイングラスを三つ。
中央には、敷台を置いて小ぶりの鍋をのせた。鍋には幾ばくかの野菜と、少量ではあるがベーコンが入っている。
「給仕はやらんが、勝手にやっていてくれ。後からアマンダが来たら、遣るかも知れないが。暖かい方が旨いぞ」
あ、そう言う人なんだと、あたしは思った。スープの香りはお腹に応える。腹の虫が今鳴った気がした。
何回か来ているけど、ウェイトレスさんの名前って、アマンダって言うんだ。初めて知った。
十二歳の子供は、彼女が接待する時間帯には酒場には出入りしない。自分のあてがわれた部屋で、大人しくしているか、夜のお散歩に出ている。お酒の席には興味は無いかな。
あたしはおもむろに、自分の前に置かれた深皿にスープをよそる。チラリと未だに雨具を脱ごうとしない、マークの方を見て、彼の分をよそってあげる。
あたしだってそれぐらいの気遣いは出来る。こう見えても、中の人は十七歳+十二歳なのだ。二十九年分の経験はあるけど、残念なことに全く生長している気はしないけれど。あたしの方が年上なのである。お姉さんの余裕は見せてあげる。
「座って食べなさいよ。出来れば雨具を脱いだ方が良いかもね」
あたしはおもむろに、スープの深皿に口を付けて飲む。ほのかな塩味と油の味が口いっぱいに広がる。その暖かさが、空っぽの胃の中を満たしてくれる。この店は平民が食べる酒場なのだ。パンはスプーンには浸して食べる物なのである。
ちなみにスープの具材などは、手束みで食べる。前世の常識はここでは無力だ。だいたい、平民の手元にスプーンはない。ナイフやフォークなんか使うのは貴族だけ。
マークは、しぶしぶとパンをスープに浸して口に入れる。旨かったらしくて、つぎづぎと口に入れる。気持ちいいほどの食べっぷりである。それでも、椅子には座らない。何なんだろうなこの人。




