どうすることも出来ない災害
ランプ亭の酒場は、こぢんまりとした作りで、丸テーブルが八つ置かれている。そのテーブルの周りに四つの椅子が置かれている。いつもならこの時間は、酔っ払った客が口の悪い、ウエイトレスさんを相手に口説き文句の一つもささやいていたりする。
嵐の中で、酒場で酒を飲む剛の者は、ここには居ないらしい。いつものウエイトレスさんはいるけど、不安そうにテーブルの上を拭いている。何かやっていないと落ち着かないのかも知れない。あたしも其れは判るような気がする。
彼女は紺のワンピースに、可愛らしいエプロンを纏って、金髪を後頭部でお団子に編み上げている。以前に泊まったときは、ポニーテールにしていた。お洒落な人だなと思う。
「いらっしゃい。何にします」
「温かいスープとパンがあれば良いかな」
あたしはそう言うと、彼女が拭いていたテーブルの席に着いた。たぶんこの席が、父ちゃんが使った席だろう。
泊まり客の食事時間は、既に過ぎ去ってしまっている。酒を飲みに来る客を見込めない以上、既に酒場を閉めてしまっていても可笑しくない。本当なら、火を落として、ウエイトレスさんも、自宅へ帰ってしまっていてもおかしくは、無いのである。
「ちょっと待っていてね」
「おっさん。今日のスープとパン、チーズとベーコンに赤ワインをグラスで二杯よろしくね」
「あの・・。頼んでいませんけど」
「あたしが飲むの。付合ってよ」
彼女はにっこり笑顔で、不器用なウインクをして見せた。
店の前をかなりの数の騎兵が、通る音が聞こえる。
突然、店の扉が慌ただしく叩かれた。
「ランプ亭の主人は居りますでしょうか」
「自分はデニム兵団所属マークと申します。お願いがあって伺いました,
不要な毛布などございましたら、供出していただけないでしょうか」
「どうしたんだい。マーク」
ウエイトレスさんが、扉の小窓を開けて訪ねる。
「ナーラダ村付近で、運河の堤防が決壊いたしました。どれほどの被害が出ているか解りませんので、十分な準備をして向かいたいのです」
あたしは嫌な予感が当たった。やはりあの痛んだ堤防が、決壊したのだろう。




