奥様のストレス発散 10
「いくらかは気が済んだか」
皮肉な笑顔を作って、ウエルテス・ハーケンが言った。因みにまだ決めている関節を解いていない。小さな悲鳴が、アリス・ド・デニム伯爵夫人の口から漏れてくる。
「痛い」
「そりゃ痛くしているんだから痛いだろうよ」
ハーケンは更に腕の関節を締め上げる。多少は筋を痛めたのかも知れに無い。今回はあまり手加減してくれていなかった。
「ハーケンいい加減に為てくれ」
と、ヘクター・リントンが言った。そして、決めているハーケンの肩を軽く叩く。
にっと笑って、ハーケンは決めている奥様の腕を放した。まだ臨戦態勢を解かずに、ヘクター・リントンの方に向き直る。二ラウンド目が有ると考えているのだろうか。この男はまだ遣り足りないのかも知れない。この半年間の兵役で、昔の強さを取り戻してしまっている。正直、ヘクター・リントンは、こいつとは遣りたくない。ましてや、素手でなんか絶対にやり合いたくなかった。
剣を使えば、それないに遣り合えるだろうけれど。それでも、互いに無傷では済まないだろう。間違いなく殺し合いになる。互いに同じぐらいの実力なので、手加減が出来ない相手なのだ。
「リコは自分の娘だ。例え奥様といえども、手を出すなら容赦はしない。少なくともデニム家に遣る積リは無い」
「でも、あの子は間違いなく私の子なのよ」
と、奥様が言った。その声は泣いている様に掠れている。
「其れは判らないだろう。何しろ状況証拠しか無いのだから。あまり余計な事を言って、家の娘を悩ませないでくれ。其れで無くとも、思春期の子供なんだから」
「……」
「取りあえず自分は此れから、仕事に戻る。肩の筋を痛めたはずだ、奥様を頼む」
戦闘態勢を解いた、ハーケンが立ち上がりながら、ヘクター・リントンの方を軽く小突く。その黒い瞳には、哀しみが浮かんでいるように、ヘクター・リントンには見えた。
掛け違えた時から、もう何年にも成る。見習い兵と伯爵令嬢の淡い初恋は、ナーラダのリコを挟んで対立する関係に変質してしまった居た。
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