奥様のストレス発散 7
デニム家の講堂は、室内訓練場として使われている。今は天気が良いので、兵隊達は庭の訓練場を使っている。だから、この大きな建物には人気が無い。従って、人に聞かれては困る話をするのには、ちょうど良い場所になっていた。
講堂への入り口には、灰色の髪をきっちりと撫付けた、執事ヘクター・リントンが待っている。お仕着せの黒い執事服が、似合っていた。実に見事な立ち姿だと、アリス・ド・デニム伯爵夫人はおもう。どこから見ても立派な執事に見える。
「奥様あまり無茶は、なさらない様にお願いいたします」
と、ヘクター・リントンが言ってくる。表情はどことなく心配しているように見える。
「大丈夫ですわ。こう見えて、師匠の一番弟子ですもの」
アリスは小さく笑った。その顔はどことなく幼く見える。何故か二十代の乙女に戻ってしまったように見えた。
「リントン。何のつもりだ」
ハーケンは困惑しながら、講堂内の伽藍とした室内を見回しながら言った。実際誰も居ない講堂内は、やけに広々としている。
「いえね。奥様が久しぶりに稽古を付けて欲しいと言って折られますから、誰にも見られない様に、為ているだけで御座います」
ヘクター・リントンが、何でも無い様に答えた。上品な微笑を浮かべているけれど、どことなく血なまぐさい臭いがする。このデニム家の執事の仕事の中に、剣を取って戦う事も入っているために、荒事となると、血が騒ぐらしい。
「師匠として稽古を付けていただけませんか」
アリス・ド・デニム伯爵夫人は、先に講堂の中央まで歩みを進めながら言った。実は、彼女は本当に八つ当たりが為たかった。だからといって、立場の弱い者を痛めつけたくも無い。どうせ八つ当たりするなら、ハーケンみたいな男の方が気分が良いと思っている。
師匠相手なら、多少無茶を遣ったところで、大して問題にならない。実力に差が有るので、彼女は手加減をしなくても言い。しかも白兵戦なので、内緒話が出来る。
いきなりアリス・ド・デニム伯爵は、ハーケンに飛び込んできた。足を取りに来たが、ハーケンは右に飛び退いて間合いを外す。流石に彼女の方が早い。力ではハーケンの方に部があるので、早さ主体の攻撃を仕掛けてくる。
「師匠。私が勝ったら、リコを私に返して下さい」
アリス・ド・デニム伯爵夫人は、酷く真剣な顔を為て言った。
読んでくれてありがとう。




