残念な父親 15
「旦那様はお疲れなのですわ。さあ私のサロンでお茶でもいかが」
アリス・ド・デニム伯爵夫人は、半ば強引にデイモン・デニム伯爵をエスコートさせる。その表情は、笑っているけれど。栗色の瞳には怒りが浮かんでいる。この人はほんとに怒らせると怖い人だと言うことを、あたしはこの半年間で実感している。
奥様は、護衛を必要としないくらいには強くて怖い人なのだ。嫋やかそうな貴婦人が、手槍をぶんぶん振り回す様は怖いよ。もっとも、あたしは彼女が誰かを傷つけている処を目撃した事は無い。
奥様の日課のなかに、武器戦闘の鍛錬があるだけである。本職の兵隊並の腕前では無いけれど、軍事演習の指揮を執るくらいのことは出来るらしい。実際、隣国のねずみ退治の指揮を執っていたもんね。例え自分で、誰かを殺す事が無くても、其れを命じる事の出来る立場だ。
この間、マリアに教えに来てくれているニコライ先生が言っていたっけ。貴族とは、領民に成り代わって、戦い守る事が義務づけられている。だから、大きな顕現を王族から与えられている。其れが、権力であり使える資金の大きさになっているそうだ。
実際はそんな良いもんでは無いのだろうけれど。少なくとも奥様は其れを遣っているのかも知れない。あたしの目には、奥様は貴族としての教示を守っているように見える。前世の政治家よりは仕事しているように感じられるだけましかな。
もちろんただの不良でしか無かったあたしには、本当は政治家が命がけで仕事を為ていたとしても、解るわけも無かったのだけれど。実際に側で見ることになった、奥様は命がけで領民を守ろうとしているように感じられる。
でも奥様は幸せそうかというと、決して幸せそうには見えない。ただ忙しいだけで、何のためにこんなに仕事を為ているのだろう。
あたしに言わせれば、貴族って職業は決して良いもんでは無い。産まれちまったから、仕方なく遣っているに過ぎないのだろう。なんか可哀想な感じがする。
「マリアとリコもサロンにいらっしゃい」
と、奥様が言っていた。
よんでくれてありがとう。




