残念な父親 14
触り。
ここに居る者達が、全力で逃げ出したくなるような雰囲気がここに召喚された。少なくとも若い使用人達は知らないことで、デニム家の秘密の一つである。そのようなことは決してこんな処で、口に為て良いことでは無い。まだ子供であるマリアが知って良いことでは無かった。
アリス・ド・デニム伯爵夫人は、らしくない動きで夫の前に進み出る。よく見ると彼女の靴が、デイモン・デニム伯爵の靴を踏みつけている。家族枠に居る者で無ければ、このさりげない攻撃は気付かないだろう。立派なドレスのスカートに隠れて、使用人達の立ち位置からは見る事が出来ない。
「デイモン様。本当にお久しぶりですわ。色々とお話がありますのよ。お疲れでしょうけれど、サロンにてお話ししとうございますのよ」
奥様は抱きつきながら、更にデニム伯爵をふんでいる足に力を入れている。
「ぐえ」
「貴方。なんと言うことを仰るのですか?子供達は知らないのですよ」
と、奥様が小声で咎めている。
この小声はあたしの耳だから聞こえた。勿論その気にならなければ、聞こえたりしない音声だけれども。今は聞こえた。
あたしの隣に立っているマリアは、あたしの顔をまじまじと見詰めている。その視線は、驚きに満ちている。とんでもないショックだろう。一人娘だと思っていた、彼女には受け入れがたい事だろう。
あ、此れはあたしも表情を作らなければいけないかな。あたしも知らない事に成っているのだから、取りあえず驚いたような表情を作っておく。そうしておかないと、マリアと付き合いづらくなるかも知れない。
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