デイモンという男 3
デイモン・デニム伯爵は馬車での長い旅が嫌いだ。いくら護衛を付けて、なるべく快適な旅が出来るように豪華な馬車とは言え。路面は王都のように石畳で整備されているわけでは無いのだ。馬車が移動する揺れは、真面に搭乗者の腰に襲いかかってくる。デイモンの腰を地面の震動から、守っているのは、一枚のクッションだけだった。
流行の華麗な馬車ではあるが、未だに地面からの衝撃をまともに受けてしまう。スプリングを使った工夫は、少なくともこの国には無かった。誰かがスプリングによる工夫を思いつかない限り、馬車での長時間の移動は、かなり過酷な物となる。
だから、デイモン・デニム伯爵は、気に為ながらも思い切れないで居た。苦痛でしか無い妻と会うことより、王都で軽やかに社交を続けていた方が楽なのだ。領都に帰れば、嫌でも義務がニマニマ笑いながら待っている。
「アリスの奴。何を考えているのか。今更捨てた娘を発見したなどと。その娘を取り戻す事など出来るわけが無いだろうに」
心の内の言葉が、デイモンの薄い唇から思わず漏れた。独り言が、彼の悪癖の一つである。子供の頃から、この癖は直らない。普段は側使いが注意してくれるのだけれど、今は居ない。聞く者が居なければ、独り言は単なる思考に過ぎないのだから問題にもならないのかも知れない。
「熟々マリアは運の良い娘だな。誘拐されて汚される前に、双子の片割れにすくわれるなんて、あり得ないだろう」
デイモンは眉間に深い皺を作って、ぶつぶつと呟く。意外なほどこの呟きはかなり大きい。もしかすると、御者の耳に届いてしまうかも知れないほど大きかった。
「実際、彼奴がポメラとリリーを側室として、認めてくれれば跡継ぎ問題を考えなくても済む。私には三人も男の子供が居るのだから」
「マリアを有力貴族の元に嫁がせて、息子達の誰かをデニム家の嫡男とすれば簡単だろうに」
デイモン・デニム伯爵は、呟いているとは思えないほど大きな声で、独り言を続けている。どことなく狂気じみた顔つきになっていた。
遅れましたが、アップします。




