伯爵夫人の仕事
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デニム伯爵家の屋敷は、領都デイロウを見下ろすセイレイン山の中腹に建てられている。堅牢な城壁に守られたその様子は、城と言って差し支えないだろう。この領都も二重の城壁に守れて、外敵に対する備えは万全の様に見える。なんと言っても、デニム伯爵領は隣国ラスタニア王国と接している上、完全に国内の貴族が平定されているわけでも閉廷されているわけでも無かった。
領主幹で小さな小競り合いが起こることもあった。まだ内戦が収まって、二十年も経っていない。現国王は既に、病を召されており。何時何が起こるか誰にも予測できない情勢となっていた。
アリス・ド・デニム伯爵夫人は、テラスに置かれた白い丸テーブルで文官が、まとめた治水工事の進捗状況についての、報告書に目を通している。手元には、羽ペンがあり。時折書き込む意志草を見せている。
彼女の夫である、アラン・ド・デニム伯爵は現在は王都に出仕中だった。領政のことは優秀な文官が執り行うことには、成っているけれど、決して任せっきりにしてはいけないと父から教えられている。
彼女は、この辺境の守りを王から任されているデニム家の長女に産まれ、ワインバーグ侯爵家の四男と政略結婚することで、この国にとって重要な領地を受け継ぐことが出来たのである。そのために、多くの犠牲を払ってきたのであり。絶対におろそかには出来ない事柄である。
「奥様使われていない使用人部屋の掃除は終わりました」
メイド長のサンドラが私に声を掛けてくる。彼女は私が、幼い頃にこの屋敷に働きに来てから、変わらず支えてきてくれている。今の年齢は四十八歳だったかなと思う。料理人のベンと結婚して、二児の母親をしていたと思う。しばらく子育てに専念して貰っていたけれど、子供も大きくなったので、復帰して貰ったのである。
やはり自分のことを理解してくれている、使用人の存在は助かる。なんと言っても安心できるのが大きい。
「ご命令の通り。それなりに良い家具を入れますが、メイド見習いには、あまりにも好待遇では無いかと、他の使用人達からの声が上がってきておりますが・・・」
「リコは本当はメイドでは無く。娘の心の支えとなって貰いたいと持っているの。そして、命を守る楯となるでしょう。会えば判って貰えるとは思いますが、特別なのです。貴方には目を光らせておいてね」
言葉に出来ないもどかしさを感じながら、デニム伯爵夫人はそう言うことしか出来なかった。捨てた娘だとは説明など出来るわけがないのだから。




