野犬の群れ 5
父ちゃんを追い越す瞬間、馬の背に縛り付けられてぐったりしているリタと目が合った。彼女の黒い瞳には、盛大に涙が流れ出していた。後であたしに愚痴をたれるかも知れない。そんな顔を為てる。
今のあたしには、野犬やリタの事を気にしている余裕が無い。あたしだって本気で泣きたい。いくら速度を加減した走りとは言え、不慣れな馬で、このあまり整備の行き届いていない道を、走るのは怖いのよ。
リタの悲鳴と、犬の悲鳴が交互に上がっている。正直あまりみたい光景でも無い。たぶんきっと犬の首が飛んだりしているに違いない。最近知ったのだけれど、父ちゃんはデニム伯爵家私兵の中でも、相当腕の立つ兵士だったらしい。特に弓の腕はピカイチで、国の中でも5本の指に入っていたらしい。
あたしが本人に聞いたら、昔の話だからと言って笑ってごまかされた。父ちゃんはあまり昔のことを放したがらない。良く母ちゃんのことは顔を赤らめて話すくせに、自分のことは全く話してくれようとしない。
いくつかのカーブを曲がってから、しばらくすると野犬の吠え立てる声が聞こえなくなった。犬どもは全滅したか、追跡を諦めたのか。とりあえず危険は去ったみたい。
父ちゃんがあたしに追い着いてきた。父ちゃんの右腕の袖口が、赤黒く汚れていた。怪我をしている風では無いので、たぶん犬の返り血だろう。
リタはぐったりして、馬に乗っていることが出来なさそうに為ている。辛うじて縛り付けられているから、落馬せずに済んでいるような状態みたい。あたして身にはご愁傷様としか言えないかな。
足近距離で犬とは言え、命が損なわれるのを見るのは堪えるだろう。まだ追いはぎじゃ無くて良かったと思う。何故かって言うと、犬だろうが人間だろうが、殺しに来る相手に対して、父ちゃんは容赦しない人なのである。
そう言う意味では、父ちゃんは怖い人物と言えた。もっとも、この時代には、ありふれた常識的なことではあったのだけれど。村から出なければ、こういった厳しい現実を垣間見ることも無く生きていくことも出来る。
森の中には、人外の掟が存在しているのであり。其れは人間が勝手に決めた法律外の物なのだ。
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