食事会は踊る 9
「失礼します」
気まずい沈黙の中、給仕をしてくれている、女給さんが声をかけてくれる。立派な営業スマイルに感心する、それだけでもこの店が上質な店だって分かるくらいだ。
テーブルに残った、硬く焼き固めたパンを下げて、紅茶の入れられた陶磁製のカップを置いた。紅茶の香りが、あたしの鼻をくすぐる。彼女の後ろには、食後のデザートに成る、クッキーが載せられた盆を捧げ持っている女給さんがいる。
あたしとしては、皿の代わりにしていたパンを食べたかったんだけど。さすがに、お嬢様の行動としては、はしたない行いだろうから、微笑んで女給さんにお礼を言った。あたしだって、その気に成れば御淑やかに振舞う事だってできる。そのあたりを、少し離れたテーブルで、見詰めているジェシカ・ハウスマンさんの視線が痛い。
あれは、あたしが物欲しそうに、硬く焼き固めた皿代わりのパンを見詰めていた事に気が付いてるのだろう。後で、とがめられること請け合いだ。小言一時間ってところかもしれない。
「そういった事は、父上に話して欲しかったかな。唯一貴女とゆっくり話が出来る、わずかな時間だというのに」
エンデ・ガルバドス君が、少し残念な笑顔で話し始めた。彼は公務であるけれど、二人きりで話が出来る時間を楽しみに思って居たらしかった。実際公務だし、側には護衛はいるし側使いの人達は要るから、とてもではないがプライベートな話なんて、出来る訳がない。
マリアとの関係だって、謎のままだから。何を話したらいいのかもわからないし。彼女の代わりに、恋人みたいな態度を見せる訳にもいかない。何より、マリアの奴がこの男の事を好きなのかも分からないしね。
あたしとしては、彼の口から話してもらいたかった。たぶんさしで話ができる状況を作るのは、この人より難しい気がする。何より、この話はこれから起こることを知っているから、マッキントッシュ卿の周りで起きていることに気が付けた。それをどう説明したらいいか分からない。何より、現役の御領主様に話すとなると、もう一段気持ちの上でのハードルが高くなる。
何よりあたしの頭の出来だと、こういった陰謀論的な話を信じさせるような話し方が出来ない。実際、何方かと言えば肉体言語の方が得意な人だったからさ。なんで、あたしみたいな半端者が、こんな立場に成ったんだか。もしも神様って言う奴が居るんなら、文句の一つも言いたいくらいだ。
一応神様を殴る訳にも行かないのは、今のあたしでもわかる事だから。まず初めに、言葉でもう少し頭の宜しい奴を転生させれば良かったと思うのよ。せめて、どこかの軍師タイプの人とかね。大体、くれるギフトがちょっと夜目が効いて、普通の人より運動神経が良いだけなんだよ。それだけでも、ハイスペックだとは思うけど。
大勢の命に係わる未来を知っているなんて、こんなに重たい立場って酷くない。どちらかと言えば、政治方面じゃない。そういう事に必要な、カリスマなんか持っていないし。普通に悪役令嬢でしかないからね。




