食事会は踊る 5
昔のあたしなら、一晩だけなら、お金次第で相手しても良いくらいには、思ってはいる。もちろん、この人はタイプではないから、そのあたりは一つお金で、割り切っても良いくらいなんだよね。
それでも今のあたしは、いわゆる処女様だから、そういったことの相手は出来ない。どうしてもって言われたら、かなりのお金を吹っ掛ける事に成るだろう。この世界の男達にとって、淑女の価値は昔の世界の比じゃ無い。べらぼうに貴重な存在だってことだ。
例えば、マリアが誘拐されて、男どもに慰み者に成った、なんてことに成ったら。彼女の価値の暴落は、人財産が消し飛ぶくらいに大変な事だ。それこそ人生はまるっきり変わってしまうし。黙っていれば、かなり良いとこに嫁ぐこともできる。そんなお姫様なのだから。
何しろ奥様が、あたしくらいの頃は、本当に王女様って呼ばれていたくらいだから。つまりあの人は、実質マルーン王国の女王様なんだ。
あ、あたしも王女様って事に成るのか。柄じゃないな。
あたしの顔を覗き込む、ジェシカ・ハウスマンさんの視線が痛い。彼女の額に、幾筋の皺が寄っている。気持ちは判らないでも無いのだけれど。あなたが心配しているよりも、よほど悪い事を言う積りだから。今のうちに、心の中で誤っておく。
ジェシカ・ハウスマンさんは、あたしに文句を言う事は出来るけれど。それ以上の事は出来ない。つまり、あたしの事を首にできる権限を持っていないのだ。それが出来るのは、この邦で最も大きな権限を持っている、奥様しかいないのだから。
「申し訳ないのだけれど。私も彼と、私事について話したいと思って居るの。そのあたりを考えて頂戴」
こうして、エンデ・ガルバドス君と話している間に、あたしの協力者に成ってもらおうかと思い出していた。少なくとも、彼は次期伯爵となるべく研鑽を続けている。それでいて、この間会ったマッキントッシュ卿と違い。紳士的で、信頼出来る人物だと思った。何より、此のままほおっておくと、首がこの砦の前にさらされる事に成る。ナレ死ってやつだ。さすがに、スチルは用意されていなかった。良い子に見せられない絵だからね。
それでいて、若いから頭だってそれなりに柔らかい。あたしの話す荒唐無稽な事を信じるかもしれない。信じなくても、可能性を検討してくれるだろう。さすがに、狂人を見るような目では見ないと思いたい。
ジェシカ・ハウスマンさんは、今ここであたしの言葉を撤回させる訳にもいかず。大きなため息を一つついた。マリアの前で、侍女がその態度はどうなんだと思う。マリアに対して、不敬って事に成りはしないのだろうか。後で、ドリーさんに言いつけてやろ。
あたしの言葉で、店の人たちの動きがあわただしくなる。給仕を担当してくれている、女性たちが店内のテーブルの一角に、席を用意し始めた。護衛の人たちと、側仕えが座っていられるテーブルだ。
あたしとしては、二人っきりで話しておきたかったんだけど。小声で話せば、聞かれることもないかも知れない。それくらいの距離だ。




