食事会は踊る 4
わずかな香辛料と塩のみで、味付けされた煮込み料理を何とか頑張って、胃袋に収めながら、頭の中は、この貴族にしては初々しい男の子に、現実を知らせる言葉を探していた。
実はマリアとの会話の中に、エンデ・ガルバドス令息の事は全くなかった。たぶん彼女は忘れてしまっている。もしかすると、ドッペルゲンガーに話せないと思って居るのかも知れないけれど。これだけ長い間一緒にいたのだから、恋バナくらいは出てもいいと思う。
ガルバドス君は結構いい男に成るとは思うのだけれど。残念ながら、乙女ゲームの攻略対象には、流石に敵わないと思う。あいつらは、当時のアイドルの良いとこどりみたいな所があったから。受ける要素てんこ盛りなんだ。
それに、あたしのタイプでも無かったから。あたしが代わりに良い顔をするのも如何かとも思うしね。大体、あたしが彼女の代わりにこっちに行くのは知っていたんだから、もし付き合っていたんなら、伝言の一つも言っておいてくれたらいいのにって思う。
あたし的には、二人の間に首を突っ込む気なんか無いのだから。二人仲良くしていてくれた方が、ありがたいくらいだ。ただ、この人は昔付き合っていた男とは、まるっきり違うみたいだから、屑では無いのかも知れないなって思わないでもない。
「ガルバドス様。あなたが、ここの領民の事を大事に思っておられる事は、良く分かりました。そして、この領の経営が順調である事も。大切なお話があります。二人だけで、お話がしたいのです。側の者には、少し離れた場所で、食事をしていただくようにしてもらえませんか」
何を言っているのか分からないという顔をして、エンデ・ガルバドス君があたしの顔を見詰めてくる。あたしの隣で、食事を摂っていたジェシカ・ハウスマンさんが、軽く肘で小突いてくる。後で彼女からの否定の言葉が出るだろう。それと、更に二人っきりに成ったら、かなりのお小言のオンパレードになるに違いない。そのあたりは覚悟の上だ。
「それはどういう事だろうか」
と、ガルバドス君が尋ねてくる。
「できれば、余人を交えずにお話をしたいと考えているものですから。この後も、二人っきりでお話をする事など出来ないでしょうし」
正直あざといとは思うけれど。少し視線を下に向けて、彼の手元を見詰めながら、言葉を続ける。さすがに、頬を赤らめる事は出来ないけれど。見ようによっては、箱入り娘が恥ずかしそうにしている様に、見えるだろうか。あたしは女優なんて、こっぱずがしい言葉を思い出したら、頬が熱くなってきた。
この街の視察は、あくまでも公務だ。甘い雰囲気に成るわけもなく、当然周りには側仕えを含めた大勢の人間がいる。その前で、まともに話せる機会は限られている。だから、昨日の彼は意を決して、一生懸命学園に入学をしなかった言い訳を言ってきたのだろう。一寸そのあたりは、情けないと思ったのは内緒だ。
あたしとしては、愛をはぐくみたいとは思って居ないけれど。何しろ、彼が好きなのはマリアだから。それでも、今日の彼の態度は立派に、伯爵家の嫡男として及第点だと思う。あたしとしては、悪い気はしなかった。




