食事会は踊る 3 (ニッコリ視点)
視察団全員が、即時が出来るほどの広さのある店内は、とんでもない緊張感に包まれていた。店内での護衛を言い渡された、俺はお嬢様の右後方に立って、周りに動きに視線を走らせる。厨房の出入り口には、毒見番の男が先んじて、御二方の食事と同じものに、慎重に舌を付けている。食べるというよりは、なめるというのが正しい表現だろうか。
確か彼奴は、毒見の専門家だったはずで、これまでも何度か毒に当たった事があるそうだ。なかなかいい金になる職業らしいけれど。俺は勘弁してもらいたいもんだ。あんなに心臓に悪い仕事もないと思う。大事な家族を持っている身としては、輜重隊の人間だってだけでも、嫁や娘に心配させているのだから。
俺の隣には、チッタと言う兵士が立っている。奴の言うのには、アップル隊一の腕前の兵士だそうだが、ちょっと信じられない。気の良い奴だって事は、否定しないけれど。腕前についてはどうだろうな。何よりも、こいつはちびだ。俺より背が大分低い。強さの基準としては、体格は如何する事も出来ない。
俺の前には、英雄ウエルテス・ハーケンの娘の後ろ頭がある。楽しいお嬢さんだ。今は伯爵令嬢のお仕事真っ最中。とんでもなくおっかない餓鬼だ。
そして、彼女の前に緊張しながら、カトラリーを使っているのが、この領の将来のご領主様である。エンデ・ガルバドス様が、この店の主人の人となりを話しながら、何とかナーラダのリコの気を引こうとしている。話を聞きながら、俺は気の毒になってきた。
目の前にいるのは、偽物のマリア・ド・デニム伯爵令嬢でしかない。その娘に、何とかして好かれようとして、涙ぐましい努力をしている。彼の隣には、ピーター・ウエルヘルムと名乗った従者が、にこやかに笑いながら、主の話に相槌を打っている。
この二人の後ろにも、二人の兵士が立っているのだけれど。この中で、一番凄みを感じるのは、この若い従者の方だ。うちの隊長と良い勝負なんじゃなかろうか。ただ、見た感じ剣士という感じでもない。どちらかというと、暗器使いの類だろうか。
お嬢様の隣に座っているのは、いつもよりおめかししたジェシカ・ハウスマン嬢だ。少し強い香水が気になるけれど、何を思って付けているんだか。彼女もそろそろ、いいなずけが必要な年ごろでもあるから、分からない訳でも無い。
まさか、食事のお相手に成っている、エンデ・ガルバドス令息を狙っている訳でも無いだろう。確か彼女の方が、年上だったはずだ。
彼女はあれでも貴族のご令嬢だ。侍女をしながら、いい相手を物色しているのも分かっている。ただ、彼の気持ちはマリア・ド・デニム伯爵令嬢に向かっている。さすがに無理だと教えて上げても良いかも知れない。
俺の前の後ろ頭が、少し頷いたように見えた。ここからは、彼女の顔を見る事は出来ないが、どこか決心を感じさせる雰囲気が立ち上っている。
「ガルバドス様。あなたが、ここの領民の事を大事に思っておられる事は、良く分かりました。そして、この領の経営が順調である事も。大切なお話があります。二人だけで、お話がしたいのです。側の者には、少し離れた場所で、食事をしていただくようにしてもらえませんか」
「......。」
ナーラダのリコ殿は、意を決したように、言葉を発した。愛の告白でもなさそうだけれど。何を話す積りなんだ。




