我儘娘のお願い
ハーケンは、娘の考えなしの我儘に笑いを禁じ得なかった。何時もの事なのだけれど、遣りたければ遣れば良いと思えるのだ。其れは善意から来たことなので、出来るなら遣らせてやりたかった。血のつながらない娘ではあるけれど、ここまで育てた娘の心根が嬉しかった。
昔は、リコを使ってデニム伯爵家に対し復讐を企んでいたことが嘘のように感じられる。今は彼女の存在が、大事な嫁の代わりに成ってこようとは思いもよらなかった。自分の子供を失った原因の片割れだというのに、何故か可愛くて仕方が無い。
少し心を病んでしまった、妻の心を此方に居させてくれたのが、リコの存在だった。身体の弱かった妻は、初めての赤ん坊を流産してしまった。その頃は、ちょうど間の悪いことに、アリス・ド・デニム伯爵夫人が生み月に成っていたので、まともな医者がかかり切りに成っていて、此方まで回ってこなかった。
貴族のありようとしては、在り来りのことでは有ったけれど、だからといって納得出来ないことだった。彼の妻がまだ床を離れることが出来ないうちに、双子で生まれてきた娘の内一人を秘密裏に、捨ててこいとデニム家の先代によって命じられた。この国では、双子は忌み子として嫌われていたのである。産んだ母親も、獣腹などと言われることもあった。
先代は其れを嫌ったのである。今のうちなら、娘に双子の一人は死んでいたと言ってしまえる。そうすれば、アリスお嬢様もあきらめが付くだろうと考えたらしい。
だから、護衛騎士だったハーケンに、汚れ仕事を命じたのだ。先代からは、ハーケンは信頼されていたらしい。だから、このことを墓場まで持って行ってくれると思われた。
だけれど、自分の赤ん坊を失ったばかりの男には、苦痛なことだった。結局彼は、双子の片割れを家に連れ帰って、心を病んでしまった妻に見せてしまい。失った赤ん坊だと思い込んだ、妻によって育てることに成ってしまった。
それからという物、周りの人間に対しては、自分の子供が助かったと嘘をつき。先代には森に捨てたと報告することで、リコを育てることにした。何しろ、妻は自分の子だと思い込んで放さない上、髪の色や瞳の色も妻に似ていたのが幸いした。
この秘密は、誰にも気付かれることも無く、親子三人でやっていけると思っていた。其れが変わったのは、リコが五歳の時。元々弱かった妻の身体が、限界に達した。突然の発作だった。一日と保たずに逝ってしまった。
領都に、居たにも関わらず。医者に診て貰う余地すら無かった。
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