ある意味聖地巡礼 7
エンデ・ガルバドス君の右の掌の感触を感じながら、あたしはゆっくりと歩み出す。本音はこんなお上品な歩き方は、歩きにくいしとても疲れる。山の中を闊歩していた方が断然楽だ。
少し残念そうに、あたしの事を見ていたアンソニー・ガルバドス君は、どうやらエスコートすることを諦めたらしく。それでも、色々と説明しながら、あたしの側を歩いている。彼が歩いている位置は、見ようによっては貴人を護衛している騎士の立ち位置になるだろうか。
今のマルーン邦には、騎士団と言える組織は存在しない。王国に併呑される際に、騎士団は解散してしまっている。今のこの国を守っているのは、領主が抱えている私兵団の戦力だけだ。事有事となれば、邦全体を守る戦力は存在しない。
この邦は、マルーン王国を名乗っていた頃より、かなり弱体化してしまっている。帝国に蹂躙されてしまったのも、こう言った弱体化が原因の一つだ。何より、マルーンの王族の血を引く、奥様が倒れれば、全体の貴族達に命ずる者が居なくなる。それどころか、奥様のカリスマで、この邦が国の形を保っていたに過ぎなかったのが、奥様というカリスマを失ったが故に。バラバラになってしまった。
其れが乙女ゲームさくらいろのきみに・・・で、語られている物語だ。今の王様は、マルーン邦の民のことも脅威と思って居るみたいで、ことある度にマルーンの戦力を引きはがしに来る。其れが、帝国の思惑通りにことが展開するとも知らずに。国の力を奪ってゆくのだ。
これからどうなるか、知っているあたしに取っては歯がゆくて仕方が無いことだけれど。未来を知らない人にとっては、王家の力で御すことが出来ない者は脅威に見えてしまうらしい。
今、あたしはエンデ・ガルバドス君にエスコートされながら、狭い石作の階段を上っている。砦の四方にある尖塔内部にある階段を使って、この砦で一番高いところにある、物見に向かっている。この尖塔の上にある物見の場所こそが、スチルに描かれていた場所だ。
あたしが強行に頼んで、この場所に連れてきて貰ったのだ。勿論、兄弟が反対するなら、あたしが後で見に行くつもりだったけれどもね。見張りの兵隊さんが居るだろうから、あたし一人では難しかっただろうから、この二人が案内してくれて助かっても居る。
ニコニコと微笑みを浮かべ続けていたから、少しだけ顔が筋肉痛になった気がしている。意外かも知れ無いけれど、顔の筋肉も鍛錬が必要で、使わなければ衰える物なんだ。御令嬢の笑みは中々大変な重労働だと思う。よくもまあ、悪役令嬢マリアの方は耐えることが、出来たもんだと思う。こうして、一日中マリアの振りをするだけで、顔面が引きつりそうになってしまう。
「アンソニー、尖塔の上で見張りに付いている兵に、僕たちが向かうって伝えておくれ」
「えー。兄貴と二人っきりにするのは危険だと思うんだけど」
アンソニー・ガルバドス君が、そんなことを言っていやがっている。
既に階段を上り始まっている、この事を知らせるのは少しばかり遅い気がするのだけれど。それでも先触れを出さないよりは、良いんだろうな。勿論、エンデ君にはなにか思惑があるのかも知れ無い。真逆、いきなり口説かれるようなことは無いだろうけれども。




