カテーナ領主夫婦 10
赤いワインの色が、金属のカップのお陰で、一寸判りづらい。ワイン独特の匂いと、其れほど強くない酒精はほのかに感じられる。混ぜ物のないワインなのは間違いないだろうけれど。良く街中で売られているワインの中には、水が入れられていたりする。まあ、子供が飲むのにはその方が、良いとは思うけれど。ワイン好きには不味いワインって事に成るのかも知れ無い。
この辺りの水の事情は、あまり良い状態とも言えない。そのまま飲もうと思ったら、相当深く掘らないと飲み水には適さなかったりするからね。悪質な業者によっては、折角のワインに品質の宜しくない水を混ぜたりする者が居る。そうなると、原因不明の流行病が発生することになる。
あたしに言わせれば、そんなこと当たり前なことだ。口に入る物に、可笑しな物を混ぜれば、味はともかく腹を壊して、地獄を見ることになるのだから。
因みに、父ちゃんを通じて、村の衆には徹底して、その事は広めてあるから、最近は村では常識になっている。デニム家の方に、そう言う悪質な業者は入っていないらしく。ワインはちゃんとワインの味がする。飲み水を割って、飲んだりすることもあるから、其れはまた別の話になるかな。
村の方では川の水を飲み水にするときには、煮沸するように徹底している。これは昔からの知恵で、何しろこの辺りは大夫下流に当たるから、飲み水としては、あまり宜しくない物だからね。
そんなことを考えている間に、エンデ・ガルバドス君がワインに口を付けて見せてくれる。最初は匂いを嗅ぐ仕草をすると、少しだけ口に含むと口の中で転がすように、味を確かめている。口元が少しだけ上がって、笑顔を作り出した。
この人は本当に、毒味をしてるつもりなんだろうか。領主の家族が飲むようなものだ。この御屋敷に働くような人達が、試していないはずが無いだろうに。そんなことを考えて、この先伯爵様にそっくりになるかも知れ無い、少年の顔をまじまじと見詰めた。
「美味しいワインですよ。なにも混ぜ物の無い良い品物です。安心して、お飲みください」
声変わりにさしかかっているのか、少し掠れた声で、あたしに話しかけてきた。そう言えば、この人本来なら王都の学校に行っているはずでは無いかしら。マリアも来年は、彼処のタウンハウスから通うことになったはず。そこから、一年後から乙女ゲームの開幕になるのだけれど。何で、この人此所に居るんだろう。
彼の学校なんて制度は、体の良い人質を確保しながら、各々の貴族達を洗脳するためのシステムだ。教育とは、言っているけれど。勿論、それぞれの貴族同士の関係を深めると共に、国にとって都合の良い人材を作るための物だ。殆ど義務みたいな物で、それぞれ家の子供を通わせると同時に。貴族達の経済を管理する手立ての一つだ。何しろ、王都に住むって言うことは、其れなりに費用の掛かることだしね。
「はい。ありがとう御座います。あの……気になったのですが。エンデ様は本来ならば、王都に行かれている頃ではありませんか」
思わず疑問を口に出してしまった。これは不味いことになるかも知れ無い。何しろ、人質として学園に居るのが本当だからだ。何しろ、一人娘であるマリアですら、あの難儀な学園に通っていたのだから。この辺りは、乙女ゲームの設定だし、この王国では常識だからだ。普通は、この年齢の子息令嬢は、王都にいるはずだしね。




