カテーナ領主夫婦 4
ツルツル頭のフォルテ・ド・ガルバドス伯爵が、和やかにあたしの目の前に歩いてくる。この強面の顔で、笑顔。それでも十分に怖い。得にこう言った国境を守る役割を担う人だ。責任が顔を作るって言うけれど。その上、口から顎に掛けての古傷が凄味を増すのに、一役買っている。
貴族の挨拶の中でも、頭を下げることなく。親愛を表現するように、握手をするために右手を伸ばしてくる。これって確か、令嬢に対する物では無いよね。指揮官同士の物だ。挨拶でも、何種類もあるんで困ってしまうわ。此所で、あたしの手の甲に、口づけしてくることはないだろうけれどもね。
後ろには、家族が並んで居るようだし。確かマリアとの関係も、其れほど親密でも無かったはず。流石に、一時期マリアを可愛がっていたそうだけど、ハグをする関係でも無いだろう。
ガルバドス卿の視線に、促されて、あたしは握手を受け入れた。手を取られて、口づけされたらどうしようと思っていたのは内緒だ。
あたしはマリア。そう心の中で、呪文を唱えながら、父ちゃん並みに背の高い、異相の叔父さんの鼻を見詰める。こうすると、旗から盛ると見詰め返しているように見えるらしい。これは侍女のジェシカ・ハウスマンさんからの受け売りだ。
ガルバドス卿の右手にも、いくつかの古傷があることが判る。この人は随分と、実戦を経験しているって事が、これだけでも判る。この人は、後方で指揮するだけの人ではない。自ら前線に立つ人だ。恐らく剣胝が出来ているところを見ると、最も得意なのが、長剣なのかも知れ無いな。
こうして近づいてみると。見た感じ、年齢は父ちゃんと同い年くらいだろうか。マッキントッシュ卿と比べては、いけないのだろうけれど。随分と頼もしい感じがする。何処か、父ちゃんを思い出させる雰囲気も醸し出してもいた。良い匂いの香水を使っているのか、側によっても不快感はない。この辺りは、奥様の好みなのかも知れ無い。
ガルバドス卿の表情が、少し変わった。何処がとは言えないのだけれど。あたしの手を握ると同時に、油断のない表情になった気がした。其れを、察したのか、侍女のジェシカ・ハウスマンさんが声を上げる。
「お久しぶりです。フォルテ・ド・ガルバドス伯爵。ジェシカ・ハウスマンです。お目にかかるのは、半年ぶりでしょうか」
ジェシカ・ハウスマンさんは、少しはにかんだようにして、あたしの側まで近付いて、徐にハグをした。
思わずあたしは、後退してしまう。一寸そんな関係だとは思わなかったから、ビビってしまう。咄嗟に、恐らくはガルバドス卿の奥さんの方に視線を投げてしまう。奥さん、ニコニコ為て居る。ハグをするような、近しい関係とは知らなかったから、一寸ビックリしてしまう。
ハグを終えた、ジェシカ・ハウスマンさんは更に、驚くような行動に出る。恐らく、ガルバドス夫人の府に徐に、歩き寄ると。取っても強烈なハグをした。其れが、周りの反応を見る限り、何の問題にもならないみたいなんで、あたしは完全に置いてきぼりにされてしまっていた。




