初めまして、悪友のお嬢さん 6
「マリア様にお目にかかるのは、二年ぶりでしょうか。さぞ大きくおなりに成っているのでしょう。どのような娘に成長していらっしゃるか、楽しみですわ」
クレアが、俺に話しかけてくる。彼女にも、今回此方に来ている娘が、マリア・ド・デニム伯爵令嬢の影をしている娘だとは、知らせていない。成るべくなら、マリアが誘拐事件で受けた、心の傷で公務を勤めることが出来なくなっているとは、知らせたくないことだったから。
秘密を知る人間の数は、少ない方が良い。其れでなくとも、この誘拐事件は彼女の疵となっているのだから。心の傷を物ともせずに、公務にいそしむ令嬢の有り様は、少しずつでは在るが、認められるようになってきていた。将来のためにも、確かな実績を積み上げることが出来れば、令嬢としての価値も上がってゆくだろう。
まあ、奴がなんと言って、自分の娘をマリア様の身代わりを務めさせることにしたのか、少し興味があるのだが、下手に深掘りすると奴の怒りを買いそうで、少しだけ怖い。本気で向かってきた、彼奴を止めることの出来る戦力は存在しないから。怒らせると、間違いなく俺の首が折れる。
本気で暴れ出したら、手が付けられない化け物。其れが、ウエルテス・ハーケンという天才騎士だ。百の敵兵の中を突っ切って、無傷のまま逃げ帰ることの出来る男が、敵を討ち滅ぼすために動けば、どれだけの損害が出るか判らない。数を揃えれば、決して討ち取れないことはないだろうが。たった一人の人間相手に、どれだけ被害を受けることになるか計り知れない。これほど割に合わないこともない。
味方になれば、これほど頼もしい者は居ないが。以前の姫様のように、手綱を取れていることが前提で、野良になった彼奴は国にとっての脅威でしかない。今は、姫様の管理下に戻っているから、その辺りは心配要らないかも知れ無いが。其奴が溺愛する、娘をマリアの身代わりにするなんて、万が一致何かあったら、どんな騒ぎになるか、俺は恐ろしくて仕方が無い。
姫様はなにを考えているのだろうか。忠誠心を投げ出した、英雄は其れこそ怪物でしかないのだから。
隣に立っている、妻が俺の肘を軽く掴んだ。考え事から、現実に意識が戻る。
デニム家の車列が、砦の中に入ってきた。四頭立ての馬車が2台その後方に、荷馬車が1台の結構な規模の遠征隊だ。公金を運ぶ、任務をこなすのには、少しばかり心許ない陣容ではあるが、護衛小隊としては手練れを付けているところを見ると、十分気を遣っているようだ。
尖塔の馬車の御者席から、一人が飛び降り。もう一人が、彼に協力して、踏み台を下ろす。御者の動きが、実にスムーズで、良く訓練されていることが覗われる。
此方の隊長の声が上がる。それに反応して、方形に並んで、出迎えに出て来た者達が、最敬礼を一斉にする。ただ其れだけで、辺りに空気が変わるように感じられる。此方の兵も、国境を守る伯爵家の矜持を見せつけることが出来ているだろうか。
護衛の兵士達は、己が役割が終わると、此方に敬礼を返してくる。十分な礼の返し方だ。デニム家の私兵も、邦の中枢をになうに足る、者であることを示しているようで、内心ホッとする気持ちになる。




