マッキントッシュ邸を後にして 8
体格で凌駕する、ジェシカ・ハウスマンさんは素朴な感じのする美人さんだ。その人が、眦をつり上げて起こっている様は、一寸かなり怖い。実際彼女は、怖い人でもある。実際に見たことは無いけれど、彼女は剣士でもある。流石に、今は懐剣しか持っていないけれど。其れだって、抜けば凶器には違いないから。
単にキャットファイトなら、実に平和な光景だけれど。此所は、子爵邸の貴賓室だから、口だけにして貰いたい。其れも、もう少し声のボリュームを下げて欲しかったりする。
話されている内容は、この壁の中でお仕事をしている、密偵擬きの人達に聞かれたところで、クリス・バートランドさんのお仕事の話題でなければ、何の問題も無いのだけれど。このまま、話があらぬ方向に行けば。バートランドさんに取って、不都合なことになるかも知れない。
「ジェシカ少し声が大きすぎます。此所はデニム邸ではないのですよ」
成るべくマリアに近づけるようにして、声を掛ける。クリスさんの端正な顔が歪んできたから、これ以上彼女を追い詰める言葉を、ハウスマンさんに言って欲しくなかった。
「は、申し訳ありません」
クリスさんだって、好きであんな仕事を為ていたわけじゃない。女としての価値を投げ出して、男共に喰わせるなんて事を、貴族令嬢が喜ぶはずもないのだから。まあ、例外は勿論あるだろうけれど。昔遊んでいた仲間の中に、そう言う趣味の女もいたけれどもね。ただ、其奴は悪い男に騙されていたことも本当のことなのよね。最期は、薬中になってしまって、其ればっかりしか考えられなくなっていたっけな。
彼の仕事は、とても重労働だし。昔はそう言う事をすることも、悪くはないと思っていたけれど。一日中するモンじゃないと思う。だって、しんどいじゃない。
この世界には、避妊する知恵も無いし。下ろすことだって、女としては考えるだけで、怖気を嫌なことだ。病気だって、結構えげつない物もある。幸いなことに、梅毒の類いは無いから、良いのかも知れないけれど。其れだって、これからどうなるか解らない。
「彼女だって、好きで落ちたわけでも無いのよ。其れは判っているのでしょう」
貴族家が体面を保てなくなり。如何することも出来なくて、貴族位を返すことが、どれほど恐ろしく大きな事か、同じ貴族令嬢である彼女なら、判ると思うのだけれど。貴族から平民処か、奴隷の立場に落ちることが、どれほど辛いことか。残念なことに、あたしも解らないけれど。それは、此れから起こる戦争によっては、あり得ることだから、他人事でもないんだよね。
此れから起こる、血生臭い悲劇を回避するつもりだけれど。本当に其れが、出来るかは判らない。乙女ゲームさくらいろのきみに・・・の背景を考えるとき、クリス・バートランドさんの姿は、若しかすると未来の貴族令嬢が、唯一生きることの出来る方法なのかも知れないから。
貴族令嬢として、大事に育てられた女が、侵略者の元で、生きる糧を獲る方法って、其れしか無いかも知れないのだから。




