楽しいお使い 5
ニッコリは腰に下げられている、ショートソードを引っこ抜いた。内心のワクワクを隠せない。自分でも、この難儀な気性は命取りだと思うのだが、嫁や娘を持っても、未だに治る気配が無い。このまま、孰れはこの世とさよならすることになるのだろう。
うちの隊の連中は、多かれ少なかれそう言った、破綻者の集まりだ。真面なのは、隊の中で最も化け物じみた、隊長だけが普通な神経を持っている。あの人は、成るべく荒事を避けるように立ち回る。そのくせ、私兵団で最も重要な、輜重隊の士気を遣っているのだから、命知らずには違いないと思っている。
戦においては、輜重隊の重要度は無視できない物だ。何より物資がなければ、軍事行動など出来ないのだから。そして、戦となれば、真っ先に狙われる。たとえ護衛の隊が付き従っていたとしても、物資を守り抜くためには、輜重隊も其れなりの戦力になっていなければいけない。そう言う考えの基に、彼の化け物みたいな隊長に鍛え上げられてきた。
トウシロウにしては、良い踏み込みで突いてくる。殺意ありまくりじゃないか。この狭い路地裏なら、その辺りは仕方が無いことかも知れないが。
ニッコリは、突いてきた剣を弾いて、そのまま独特の足裁きで、懐に一気に入る。この距離なら、殴り放題だ。堅く握り込んだ、左の拳を追っ手の幣苦しい、顎めがけてかち挙げる。この一発で、昏倒させる一手だ。
ぶった切られるよりは、よっぽど優しい対応だと思う。後から追いかけてくる、仲間が此奴を無視して、追いかけてくるようなら、気の毒だが身ぐるみはがされることになるだろう。此所はそう言った危険地帯なのだから。
出来れば、このまま捲けると良いんだが。如何だろう。
はたして、綺麗な一発を食らって、剣 を握ったまま、動けなくなった。ゆっくりと、俯せに倒れていく。彼の一発では昏倒しなかったのか、それでも動きは止められた。このまま、追跡を断念して貰いたいもんだ。
あんまりしつこいと、ニッコリも手加減が出来なくなる。そうなれば、殺し合いになりかねない。今日の予定のお買い物が、一寸出来なくなるのは、大変残念なことだからだ。
ニッコリは踵を返すと、全速力で走り出した。走りながらも、剣を鞘に収める。帰ってから、剣を綺麗にしておかなければならなくなった。肉を切らなかっただけ、未だ其れほど必要でも無い得れど。矢張り雨のなか、剣を振り回す物では無い。面倒を見ておかなければ、剣先が錆びる可能性がある。
鍛冶屋に研ぎを依頼すると、結構な金が必要に成るから。天候が悪い日には、出来れば屋根の中で寛いでいた方が良い。ま、今回は御嬢様の命令での仕事だ、頑張り我意もあるってことにしておこう。
全力疾走をしながら、路地裏を二度三度と曲りながら、距離を置くと。流石に奴らは、追いかけてくることを諦めたらしい。足を止めて、辺りを見渡せば、一寸今居る場所が何処なのか、判らなくなっていることに気が付いた。この歳で、迷子になってしまった。
ニッコリは思わず舌打ちしてしまう。暗くなる前に、お土産を買うことが出来るだろうか。




