ちょっとの善意
この世界は本当に餓鬼の頃に、お気に入りだったゲームの世界にそっくりだ。でも、異なる事も多い。決して生きやすい世界では無いって言うこと。ここには多くの不幸が蔓延している。其れは、あたしみたいな餓鬼にはどうすることも出来ないことで・・・。酷くリアルで残酷だった。
此れはゲームの世界とは言えない物で。何一つ楽しい物では無い。ここに生きている者にとっては、生きる事に必死にならなければ生きていけない厳しい世界。其れがここなのだろう。
本当のことは言うと、リタを助けてあげたい。実際、他の村の餓鬼どもに虐められていた彼女を、助けて遣った事がある。それ以来何となく懐かれてしまっていたけれど。だからと言って、あたしには、リタを養う能力は無い。此れから本格的に、マリア・ド・デニム伯爵令嬢の影武者的な仕事したとしても、幼女の面倒見ながらでは働くことが出来ない。領都には託児所は無いのである。
あたしが伯爵令嬢になっていれば、意外と出来たかも知れないけれど。今のあたしには無理な相談過ぎる。ただの子供には、幼女を育てる能力は無いのだから。
母ちゃんの墓の前で、そんな事を考えながら、跪き手を合わせる。此れがこの世界での墓参りの作法だ。視線の先には、安っぽい石の平板が置かれている。ふめば簡単に折れてしまいそうな代物だけど、父ちゃんが山で見つけてきた御影石を加工した物だ。ちなみに、母ちゃんより後に亡くなった人の墓には、同じ御影石が使われている。まだ、この村の石屋の家には、御影石の在庫が残っているはず。石屋もちゃっかりしている。
あたしの脳裏に、あきれ顔の母ちゃんの顔が浮かぶ。あたしの我儘に困った振りをしながら、父ちゃんを説得してくれる時の顔だった。少し心のバランスが崩れている人だったけれど、でもあたしには大事な人だった。この人が亡くなったとき、前世の記憶が戻ったのである。その時は訳わからなくなって大変だったけれど、今思えば良かったと思う。
でなければ、今頃はマリア・ド・デニム伯爵令嬢の振りをしていたはずだから。ゲームの通りに動いて行けば、間違いなくこの国は終わる。どれだけの人間が死ぬことになるか解らない。
本当は良い養い親を見つけてあげれば良いのだけれど、あたしはその立場になってくれる人を知らない。村の衆に中で、キャサリンは浮いていた。少なくとも村のおばちゃん達には嫌われていた。もしかすると村の男衆に、春を売っているかのも知れない女に好意を持つおばちゃんはいないだろう。その子供も同じになるかも知れない。
引き取ってくれる奇特な人はいないかも知れない。今の村の衆は、家族だけで精一杯に違いなかったから。
「ねえ。母ちゃん。あたしは、リタを助けてあげたいんだけど。どうしたら良いと思う?」
あたしは墓の前で、小さく呟いた。
(一杯考えなさい。貴方は、賢いのだから、きっと思いつくから)
母ちゃんに抱かれていたときの、甘い香りを思い出した。いつもあたしの耳元で、歌ってくれていた歌声がよみがえってくる。
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