訳あり令嬢 2
「いえ。そんなことはありません。今は既に終わってしまったことですから」
ぽつぽつと下を向きながら、クリス・バートランドさんは、幼い頃のジェシカ・ハウスマンさんの話をしてくれる。話の内容から、二人はいわゆる幼なじみ的な関係のようだった。二人はこれからもずっと幸せが続くと、心から信じていた。
お互いに貴族令嬢とは言え、次女以降である関係上。其れほど親の手がかりによる、婚姻を期待できない。そうなると、何処か適当な貴族家へ奉公に出ることで、より良い殿方を射止める必要があった。もとより女の幸せという物は、より条件の良い家へ嫁入りすることだった。
それからの話しは、バートランドさんにとっては幸せだったときの記憶だった。ただ、彼女の望みは少し変わっていた。其処に結婚為て、裕福な暮らしをすることでも無く。男の妻となるよりも、自分の能力をフルに使って、何かをしてみたい。
漠然とした幼い娘の、夢物語でしか無いことを、家の行っていた不正が、発覚して、貴族位を剥奪されることによって。夢も希望も全てが、絶望の色に染め上げられた。それ以来、ジェシカ・ハウスマンと遭うことも無く。
それからは、大袈裟でも無く子爵令嬢としてプライドも剥ぎ取られ、女としての矜持すら踏みにじられる生活が待っていた。最終的には、仲買人の手で、彼の娼館擬きの店に流れ着いた。
其れが僅かな幸運だったのかも知れない。何より彼の店は、デニム家の下部組織の一つだったのだから。
クリス・バートランドさんは、これまでの事を話してくれた。本来なら、こんな事を話す事なんてない。実際、休憩中に話すようなことでも無い。
彼女の仕事をする様子から、出来ればこのまま、一緒に手助けを為て貰いたいと思ったからだ。その為には、ある程度の経歴が知りたいと思った。だから、話をしてくれるように誘導したのだけれど。一寸かなり重たい物に成った。
だいたいは想像していた通りだけれど。思いの外厳しくて辛い内容に成った。中には、ああいったことが好きな人も居るし。仕方なくそう言う事を為て居る人も居る。
乙女ゲームさくらいろのきみに・・・の中では、先ず語られないような話だ。何しろ、貴族達の中でも、色恋の話しでしか無い。ただ、ああいったお花畑の足下には、其れこそ色々な虫がうごめいている世界でも在る。
貴族から、平民に落ちると言うことが、どれほどの悲劇に見舞われることなのか。これまで、其れこそ大事に囲われていた物が、悪意にさらされることが辛いことか。
だからと言って、あたしが同情するわけにも行かない。世界には、良く在る有り触れた話でしか無いのだから。
今考えているのは、奥様がこの人を雇ってくれるかどうかだ。今の頃、彼女は影としての仕事のために、あたしの手伝いを為てくれている。
このクリス・バートランドという女の人が、このままあそこで生活できるのだろうか。私が知っている、ああいった仕事を為ている女性で、こんな感じの人を見たことが無い。ぶっちゃけ向きじゃ無いんだ。
何となくだけれど。このまま、彼の仕事を為ていても、心が壊れて可笑しくなる未来しか見えない。何処か、母ちゃんの弱さを思い出させる。若しかすると、少し、病み始めているのかも知れない。




