訳あり令嬢
テーブルの上に置かれた、今晩の食事となる羊の肉の煮込み料理。それに、固いパン。恐らくは骨から出汁を取った、春野菜のスープ。全てが、露地物で、かなり質の良い物だと判る。
マッキントッシュ邸で、出される料理に質を考えるに、デニム家での食事に引けを取らない。かなり贅沢を為て居ることが解る。
あたしは美味しいから、文句を言う筋合いでは無いのだけれど。今この時にいたって、領民の現状のことを考えれば、余り褒められたことでも無いような気がする。
未だに水害の被害から、村々は立ち直っていない。小麦畑は荒れ放題で、治水は期待無い。この分だと、小麦の収穫は見込みが薄い。其れなのに、マッキントッシュ卿は税負担を大きくしているようで、その辺りが気になるところだ。
こんな状況で、御屋敷の周りに城壁を作る。そんなことより、運河の修復や畑を、元通りにすることの方が必要だと思うのに。其れは後回しに為て、領民に対して労役を課している。そうすることで、重税を納めることにしているから、一見間違ってはいないように見えるけれど。其れは違うような気がしている。
そんなことに労役を課すのなら、運河をもう少し良くする方向にした方が、建設的な気がするんだ。マッキントッシュ卿の政策は何処かピントが外れているような気がする。
「どう思う」
私は向かいに座って、久しぶりの美味しい食事に、嬉しそうに食べている、クリス・バートランドに声を掛けた。そばで、書類を読み込みながら、一生懸命筆算をしている姿を見て、真面目で誠実な性格の人だと判ってきている。あんな処で、辛い汚れ仕事をさせておきたくない。
勿論、ああいった汚れ仕事だって、立派な仕事には違いが無い。その事だって、あたしは理解しているつもりだ。それでも、こうやってしんどい事務仕事が出来るのは、良いんじゃ無いかなって思う。
何よりあたしは、彼女が好きになりかけている。昔の友達のようにも感じて、懐かしいような気もするし。私の我儘で、この人を側に置いても良い気がする。このしんどい事務仕事の手伝いを為てくれるのは、取っても有難い。恐らくこの後も、こうして書類を調べるようなことになるだろうし。その手が増える分には助かるから。
そう言えば、クリス・バートランドさんは、ジェシカ・ハウスマンさんの知り合いだったみたい。それなら、一緒に仕事を為て貰っても良い気がする。ただ、気になるのはどう言う関係だったのかって事かな。
「ねえ。ジェシカ・ハウスマンさんのお知り合いなのかしら。もし良かったら、どう言う関係なのか教えてくれませんか」
勿論この質問は、不躾で褒められた物でも無い。それでも、そう言う事は知っておきたい。実は、彼女に私の側で、補佐してくれる人が欲しかったからね。少なくとも、マリア・ド・デニム伯爵令嬢の影としても、必要なことだと思うから。
「そうですね。こうして黙っているのも辛いので、お話ししておきましょうか。私は男爵位を失った、バートランド家の四女です。何も無ければ、私も今頃は何処かの御屋敷で、侍女を務めていた身の上です。その関係で、ジェシカ・ハウスマン様とは仲良くさせて頂いていたこともありました。何より、同い年でしたから」
「もしかして、辛いことを質問してしまいましたか」
私は、一寸酷いことを尋ねたのだなって、今気が付いた。それでも、このまま話を終わらせることも出来ない。何より、バートランドさんは話したいと思ってくれて居るみたいだから。




