クリス・バートランドの憂鬱 7
この御屋敷に来てから、既に半日が過ぎようとしている。部屋の窓には、お高い窓ガラスがはめ得られており。外から日の光が入るようになっているけれど。既に、太陽が西の山間にさしかかっており。
明日は雨になりそうな、気配を感じさせる雲が空の大半を占めようとしている。
手元を照らすランプの灯りが、ゆらゆらと書類の文字を見にくくさせる。ランプに使われている油は、植物性の物なのか、其れほど嫌な臭いでは無い。そのお陰で、私は気持ち悪くならないで、この難解な書類を読み解くことが出来ている。
私が使っているテーブルは、ナーラダのリコ様が特別に命令して、用意させた大きなテーブルだった。そのテーブルの上には、其れこそ所狭しと、書類の束が積み上げられている。
因みに、私のは斜むっかいには、その小さな身体で、書類の束を読み解いている女の子がいる。私をこの仕事に引き抜いた、張本人だ。私を使って、その仕事を任せてしまおうとしているのだと思えば、自分でもこの数字と、お役所言葉による、隠蔽工作あふれる読み物を読みこなしている。
始めに言われているように、この書類の中には、いくつかの可笑しなところが見受けられる。其れが何を意味するか、私には判らないけれど。少なくとも、何処かに別の帳簿の類いがあるに違いない。
ナーラダのリコ様は、書類を意識的にかどうか判らないかったけれど。いくつかのくくりにして分けている。その上には、何か書き込まれた、紙を置いていた。
貴族令嬢として、其れなりに教育を受けている、私を遙かに凌駕する速さで書類を読みながら、書き込まれている数字をかなりの速さで、計算しているのが判る。私は手元に置いている、紙に書き込んで、計算しなければならなかったのに。
この人はとんでもない、頭脳を持っている。確か平民として、育てられているはずで、その人がこれほど読み書き計算に秀でているなんて、一寸あり得ないことだ。
大概の平民は、大人に成っても文字も読めなければ、簡単な計算だって時間が掛かる。その為に、告知を触れ回る役人がいる位なのだから。
平民の子供は、親の手伝いをする。それ以外は、親たちに期待されていないから、体の良い労働力でしか無い。最悪は、売られる事も良く在る.。
買い手次第だけれど、奴隷になるかそれ以外の使い方をされるか。実際、彼の娼館擬きにも、そう言う過去を持っている娘も居る。すこし性格が捻くれてしまっているけれど、見た目は可愛い顔をしている。だから雇われたのだろうけれど。汚い仕事だと熟々思う。
そんなことを考えながら、仕事を熟すナーラダのリコ様の顔を眺めているうちに、彼女の栗色の目と遇ってしまった。目元が笑っている。怒ってはいないようだ。
「疲れたわよね。そろそろ食事時だから、この辺で休憩しましょうか」
ナーラダのリコ様が、軽く手を上げて背を座ったまま伸ばす。部屋着としている、ワンピースは比較的軽い物だけれど。こうやって仕事をするのには、不向きな物だ。袖がインクで汚れている。
其れだけ集中して、仕事を為ていた。其れが判って、何でこんなに小さな子が、こんな事を為て居るのか解らなかった。明らかに、この仕事は伯爵令嬢が熟すような物では無い。
まして、彼女はあんな暗くなってから、女の子が来るのには、間違いなく適当では無い、店にまでやってきて、私の手を必要とした。




