クリス・バートランドの憂鬱 6
私たちの話し合いは、小一時間続いた。話の内容に関しては、私とハウスマン様との昔話に終始する中、例の手指による会話をしながら、ディックと
御嬢様の会話は在り来りな、架空の商談にまつわる言葉遊びが続く。
もはやこのナーラダのリコと名乗った、少女がベテランの影に見えてきた。もしかして、姫様って言う呼び名は二つ名なのかも知れない。レイナさんでも、これほど器用に、重複した作業をこれほど、長い時間続けることなんか、出来ないのだから。
ディックさんが、話しを切り上げると一人立ち上がった。これからこの人は、橋の柱を切らせた者を追うことに成る。それはそれで、結構な冒険に成るのだけれど。この御屋敷の外のことに関しては、彼が陣頭指揮を執ることに成る。荒事に成るかも知れないことだけれど。放っておいて良い物でも無いのだから。
「其れでは私はこれで」
ディックさんが立ち上がり、私の肩に手を載せてくる。無言の気遣いを感じる。
「申し訳ないのだけれど。これから、私の部屋に来て貰います。調子が悪くても、貴女を遊ばせて置くわけにも行かないの」
と、言いながら。立ち上がり、踵を返す。
御嬢様の動きは、とてっも令嬢の其れと思えないほどだ。何処か戦うことを生業にしている人のようで、この人の動きはまるで、兵隊のようにキビキビしている。若しかすると、領都ベレタを守るために、雇われている兵士より練度が上なのかも知れない。
これはあとで知ることに成るのだけれど。彼女は裏切りの騎士ウエルテス・ハーケンの娘だそうだ。今でもマルーン邦最強の男だ。
未だ少女と言える体格で、領都デイロウを守る私兵隊の一個小隊を、模擬戦で全滅させたとか。彼の裏切り者には、将軍と呼ばれているとか。あとで、ナーラダのリコを調べると、其れこそ眉唾物の噂が入ってくる。
見た目はマリア・ド・デニム伯爵令嬢にそっくりでも、中身は全くの別人で。一時期失われた双子が、生きていたのではなんて言う噂もあった。其れは、いつの間にか下火になって、人々の噂話にすら登らなくなり。これは何処かで情報操作が遭ったのでは無いかと、私は思っている。
何となくではあるけれど。其れを為ている人間の顔を、思い浮かべられる気がしている。勿論、何処かの執事様だ。




