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山猫は月夜に笑う 呪われた双子の悪役令嬢に転生しちゃったよ  作者: あの1号


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クリス・バートランドの憂鬱 5

「クリスと申します。皆様宜しくお願いいたします」


 軽く膝を曲げ、簡易なコーツイをしながら、ナーラダのリコ嬢に挨拶をする。平民が、頑張って真似事を為ているように見えるだろうか。気になるジェシカ・ハウスマン様の顔に視線を向けてしまった。彼女の口元が、微笑んでいるように見える。

 私のことに気付いたのかも知れない。最期にあったのは、三年前だっただろうか、未だあの頃は家が没落するなんて、思いもよらなかった頃だ。


「クリス・バートランド様?」


 ジェシカ・ハウスマン様の唇から、わたしの名前がこぼれる。この人は間違いなく、私のことを憶えている。彼女よりも、位の高かった頃の私のことをだ。少し胃が痛い。こんな時に、発作が起きない。起きない方が良いのだけれど。

 本当は逃げ出してしまいたい。レイナさんに代って貰いたい。兎に角居たたまれない気持ちが、私の胸一杯に広がっている。


「お久しぶりです。噂で、お家が取りつぶしに成ったと聞いて、心配しておりました。その様子だと、其れなりに苦労はしていても、何処かの使用人に成ることが出来たのですね。本当に良かった」


 ハウスマン様の言葉は本心のように聞こえる。きっと、彼女の中では昔のままの私が居るのだろう。これからの結婚生活を、夢見ていた頃のことを。


「はい。すこしの間ではありますが、御嬢様のお役に立てれば宜しいのですが」

「ジェシカの知り合いなの」


 御嬢様の右手が、奇妙な動きをしている。私たち、影働きする者だけに、しか判らない手指による合図だ。私は其れほど多くを知らないけれど。その合図の意味くらいは、知っている。

 壁の向こうに、聞き耳を立てて居る者が居る。会話には注意されたし。ディックに姫様と呼ばれる、マリア・ド・デニム伯爵令嬢の影働きをする娘。其れだけでも、とんでもないのに。ディックよりも先に、怪しい動きをする人間に気付くことが出来るなんて。


「そうですね。たまに一緒にお茶会をする仲ですよ。最近は、連絡が取れなくなっておりましたから、心配しておりました」

と、ハウスマン様が御嬢様の質問に答える。


 その間隙を縫うようにして、ディックが合図を送る。御嬢様はその合図に反応する。


「兎に角座りましょうか」


 和やかに微笑みながら、その栗色の瞳は笑っていない。不躾な者に対して、すこしだけ怒りを感じているのだろう。


「身体の状態はいかがですか」

「お陰様で、すこしは宜しいです」


 無難な会話。其れとは別に、細かい指の動き。私には何を言っているのか理解できないほど、早くて繊細な合図を此方に向けてくる。覗かれているわけで無くて良かった。その秘密の会話ですら、出来なかっただろうから。


「ハウスマン様。あれから、どうなさっていたのでしょうか。真逆、貴女がデニム家の侍女に、成っていようとは思いもよりませんでしたわ」

「色々と私にも事情がある物ですから。それでも、私は自分の決断を正しかったと思っております」


 私はそんなことを言って、笑うハウスマン様の顔に今が充実しているのだなと、思ってしまう。自分の境遇と比べてしまい、如何しても気持ちが落ち込んでしまうことを止めることが出来なかった。






 




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