書類との格闘 16
レイナさんとクリスさんの眼差しが交錯している。傍目には、睨み合っているようにしか見えない時間が、暫く続く。
あたしの目には、年齢的にも立場的にも、上司と部下の関係に見えるのに。雰囲気的には、お互いに同じ立場に見える。もしかして、仕事の押し付け合いをしている。
「あの……。そう言った段取りを決める人がいるのなら、紹介して貰いたいわ」
責任者がいるなら、こういう時に話し合う相手として、此所で働く娼婦と話しても仕方が無いだろうし。もしも、厨房の彼のオッちゃんが責任者なら、話しに行っても良いのだけれど。如何なんだろうか。
あたしの理解としては、此所はリントンさんの影の人活動拠点だと思うのね。そういう処には、此所で情報を拾ってる女の人達の、頭目的な人がいるはずで。
あたしは、応援してくれる人を募っているのだから、当然そう言う人に話を通すのが筋よね。たぶん、リントンさんがいれば、何とかしてくれると思うけれど。今はいないから、そう言う人にお願いする必要があるから。
「このお店は、ピカロの店って言うのだけれど。一応看板が掛けてあったはずだけど。気が付かなかった」
「じゃあピカロの店の責任者の人を呼んで下さい」
何とか此所で一番偉い人を呼んで貰って、力を貸してくれるように頼むつもりだ。何よりそう言った技能を持った人は、影の人達にとっても、貴重な人材だ。その人達を、少しの間だけ、貸して貰いたかった。正直、あたし一人で、書類の山相手に格闘をするのには、一寸ヘビーすぎる。
レイナさんが、微笑みながら、クリスさんの肘にそっと触れていた。クリスさんの表情が途端に陰る。睨み合いは、レイナさんの勝利に終わったみたいだ。
「貴女って、物凄く運が良いと思うわ。此所の頭目は私なのよ」
レイナさんが、一寸思いも掛けないことを言った。女達に春を売らせながら、街の情報を拾う仕事の、頭目を為て居る人が、目の前にいるとは思わなかった。勝手なイメージだけれど、強面のおっさんが相手だと思っていたのよね。何となく雰囲気的に、レイナさんが娼婦達のまとめ役かなって、思っていたけれど。其処まで偉い人だとは思っていなかった。
あたしもこの領都ベレタの情報収集支部の、規模がどれだけの大きさかは知らないけれど。此所が、マルーン邦に取って、急所の一つだって事は判る。だって、此所も国境に隣接していることには違いないのだから。
そう言えば、江戸時代に何処かの忍者の頭目が、幕府のために情報を収集するために、そう言うサービスをするお店を開いたって事を、聞いたことが有ったっけ。リントンさんは、一寸人間として、尊敬できない人だな。あたしの中で、リントンさんに対しての評価が、結構下落した。
「それなら話が早い。あたし一人では、マッキントッシュ家の書類を読み込むのに、時間がかって仕方が無いので。暫くの間で良いので、あたしに力を貸して下さい」
今回の書類仕事は、マッキントッシュ家の当主が変わった頃より前から、これまでの間のお金の出入り。それ以上に、何で私兵団の入れ替えがあったのか。もしも、彼の気の良い爺ちゃんが、病死なのか殺人なのか。そして、今回の橋の柱を傷つけるなんて、テロ事件が起きたのかについても、調べ上げたい。その一貫として、このしんどい書類仕事だ。
こう言う事が、マッキントッシュ卿の意向で行われたのなら、どっかに手がかりに成りそうな事実があるともう。其れを炙り出すための、行動だったけれど。中々、一人では辛すぎる。何とか、信頼できる人手が欲しかったんだよね。
レイの奴は間違いなく、そう言う事に対して能力を持ていることは、本人は言わなかったけれど。ゲームさくらいろのきみに・・・の中で、何度もマリアのむちゃ振りを熟していたから、出来るのは判っていたんだけど。今回連れてきた、人の中で、安心して、彼の家族を預けることが出来るのは、彼だけだった。
護衛に付いて来た私兵の人達は、あくまでも荒事の得意な人達だったから。ナーラダ村に、穏便な形で、溶け込めるようには出来ないだろうから。彼奴に頼むしか無かったのよね。
そうなると、あたし一人で、処理できる量を熟すのは、一寸無理だから。リントンさんの影の人達なら、其れなりの能力を持っていると思って、お願いすることにしたんだ。




