書類との格闘 12
厨房の中から、文句を言ってきた酔っぱらいのおっさんに声を掛けている。指名はレイラって事なんだろう。何より真面な娼館って訳でも無いから、こう言う融通も利く。何より、此所に居る客達は、本格的な娼館には足を向けることすら出来ない。何より、お値段が段違いだし、酔っぱらいのお相手なんか、娼館の女達はしないからね。持ち主が自分の持ち物である、女達を傷つける可能性のある、客を取ったりしない。いわゆる女奴隷なんだけど、娼婦達は大きな価値のある商品だから、結構大事にされるんだ。
そう言う意味では、こういう所で働いている女は、奴隷では無い代わりに、自分の裁量で、いかに男に高く売りつけるかを考えなければならない。個人事業主と言える人達だ。とは言っても、此所は影の人の拠点みたいだから、意味合いは大夫違うのかも知れない。くノ一の術をしている場所って事よね。
「お客さん。悪いが、レイラは今夜は看板になるから、他の子で勘弁してくれねーかい。もし良かったら、あと一人追加で良いから。二対一なんて経験は中々出来ないと思うが」
「つまり、一人分の金で、二人とできるって事かい」
「そう言う事だ」
うわー。くずい会話。絶対嫌すぎる。いくらモブでもこれは酷い。
乙女ゲームさくらいろのきみに・・・の登場人物としては不適格な連中だ。あたしもこれくらいの碌でなしと、昔は付き合ったことがあるけれど。こっちでは出来れば相手したくねー。未だ、あたしは乙女だしね。
「坊主。悪いが、そう言う事だから、此所で待っているのも、居心地が悪いだろう。だから、奥の控え室で待っていてくれないか」
厨房から出て来たおっさんが、あたしに声を掛けてくる。中々良いバリトンの声に、声はタイプなんだけどね。見た目は、ごく有り触れた格好の料理人って感じだ。一寸、お腹が出ているかな。ただ、その気になったら、結構強いんじゃないかと思う。
こうしてみると、何となく見覚えがあるような気がするのよね。このお店にも、餓鬼の頃この店にも入っていたような気がする。何せ、父ちゃんはそっちの方も好き者だったからさ。金が入れば、ちっちゃかったあたしを連れて、こう言うお店にも世話に成っていたからね。
死んだ母ちゃんのことを愛していないのかなんて、父ちゃんのことを詰ったこともあったかな。既に、記憶が戻っていたから、理解はしていてもなんか嫌だったんだよね。
亡くなる前の母ちゃんは、少し可笑しくなってはいたよ。心が壊れてしまっていたからさ。それでも、あたしの事を愛してはくれたんだ。その母ちゃんを裏切っているような気がしてさ。身体に引っ張られていたんだと思う。
「奥の廊下を左に曲がれば、直ぐ先に、扉があるから、その部屋で待っていてくれないか。休憩中の女がいるけれど、お茶くらい煎れてくれるから、仲良く待っていてくれ」
「あたしは此所で待っていても良いけどね」
「そんなわけにはいかない。本来は、あんたなんかが来る処じゃ無い。昼間にでも、使いを寄越してくれれば良かったんだ」
この料理人の格好を為た、強面の男に礼を言って。教えて貰った部屋に向かう。ここへ来て、あたしはこの店のことを知っている。其れは確信になった。
何より、父ちゃんが上にいる間中。あたしの相手をしてくれていた、良い臭いをさせている女の人達がいた、部屋の記憶が有ったからだ。結構甘えさせてくれる女の人達だった記憶がある。
何だか、不思議な気分に成りながら、木製の扉をノックする。女の人の綺麗な声が、返事をしてくれた。休憩中の娼婦の人だろう。




