書類との格闘 6
マッキントッシュ邸の、あたしに宛がわれた部屋の中で、都合一年間分の資料の山を、少しずつ崩していく作業を、丹念に続けていた。十三歳の子供がするような仕事ではないよね。正直、泣きたくなってきた。この、ボリュームは心を挫けさせるのに、十分すぎる代物だった。
そりゃ確かに、あたしが言い出したことだよ。せめて侍女のジェシカ・ハウスマンさんくらいは手伝ってくれても良いと思う。マッキントッシュ家の息が掛かっているような、文官に依頼するわけにも行かないし。レイは今頃、ナーラダ村へ向けて歩いている。
護衛の兵隊さんが、徒歩での移動に成るから。恐らく到着は、明日のお昼頃に成る。つまり、一晩は彼の危険な森の中で、野営することに成る。何しろ、彼の辺りには野犬の群れが居るから、一寸怖いんだよね。
因みに、単独でこの森の中を、一人で走破出来るとしたら、父ちゃんかあたしくらいしか居ない。あたしの目と感覚は、野生動物並みだし。父ちゃんは、狼の群れに襲われても、無傷で帰ってくる人だからね。
扉をノックする音に、あたしの手が止まった。少し溜息を付くと、少し視線を上げる。部屋の明りにしている、ランプの油がかなり減ってきていた。この部屋は、小さいけれど、ガラス窓があって、そこから日の光を取り込むように成っているのだけど。既に、その日の光は赤い物に成っている。
「御嬢様、油とお飲み物をお持ちいたしました。少し休憩なさったらいかがでしょう」
ベテランメイドのサリーさんの声だ。側に誰も居ないのかな。あたしは、返事を返すと、今まで座っていた椅子から立ち上がる。あまりにも、長い間座座りっぱなしだった事に、改めて思い至る。この集中力が、前世で生かされていたら、もう少し違った生き方を為ていたのかも知れないな。
きっと、普通に進学をして、当たり前のように大学に行って、そこそこの職場を得ていたのかもしっれない。少なくとも、あたしが死んだ原因とつるまなかったと思う。
サリーさんは、相変わらず洗濯された、メイド服を綺麗に纏い。くすんだ銀髪を、ホワイトプリムで纏めている。薄い青い瞳が、今日は何時になく笑いの形を取っている。
ワゴンを借りられなかったのか、少し大きめの御盆の上に、ランプの油が入れられている壺と、カップに入れられた、紅茶。そして、皿の上には焼き菓子が一つ。
「少し休憩を為さって下さい。根を詰めすぎると、いくら貴女が特別製だとは言え、身体を壊してしまいますよ……ランプの油を補充いたしますね」
サリーさんは、机の上に散らかっている、書類の類いを脇にどけながら言ってくる。今は、此所には他人の目はないから、直接話しかけてくることが出来る。他に人の目がる時は、侍女のジェシカ・ハウスマンさんを通してからでないと、この遠征中は話しかけることも出来ない決まりだ。
彼女は確かレイと同郷だったはずで、平民での外国人が、こうして正式な公務に就いてくことが出来る。そう言った優秀な人でも、平民と貴族の間には、大きな隔たりがある。あっちで人格が出来上がった、あたしには未だに理解できないことだけどね。そう言う物だって、思うしかないんだ。




