マリア様の言う通り 8
兵士の報告は、小娘の言葉通りだった。
この小娘は、我々より早く確認に向かった事に成る。これで誤魔化すことも出来なくなった。この動きの速さは、父上に聞いたアリス・ド・デニム伯爵夫人の若い頃のようだ。
彼の元王女は、家臣を置いて、真っ先に現場に駆け出してしまう王女だった。どれだけの家臣を困らせていたか、計り知れない。そう言いながら、良く父上は酒を飲みながら、楽しそうに思い出話をしていた。
真っ先に駆け出すお転婆姫。其れが、若い頃の伯爵夫人だ。戦争中は、姫が率いる騎士団は、敵にとっては恐怖の対象だったそうである。鉄のスカートを穿いた女傑、それが彼女の通り名となっていた。
この間会った彼女は、そう言った父上の話とは掛け離れた存在に見えた。旨くデニム卿が調教為たのか、当たり前の奥様の顔を見せていたのである。一軍を率いて、戦場を駆け回る姫将軍の、面影を全く感じられなかった。
「私の見立てでは、何処かの段階で、鋸を入れた人間が居ます。其れを入れた実行犯には、心当たりが既にありますが。残念ながら、捕らえることは出来なかったそうです」
マリア・ド・デニム伯爵令嬢の口から、事実を語る口調で、淡々と語られる。なんと情報の速さ。真逆、この事は彼女の自作自演なのではないか。そんなことを考えてしまいそうに、成るほど情報の取得が早い。
「実行犯は、何処に居りますのでしょうか。もし其れが本当なら、我が領に対する裏切り行為として、罰しなければ成りません。教えて頂けませんか」
「彼の橋を設計し施工した、職人の一人です。腕は確かな人物だったようですが、残念ながら亡くなっておりますわ」
御令嬢は事も無げに、犯人の名前を教えてくれる。何があったのか。どう言う経緯で、これだけの情報を手にできるのか。空恐ろしい気がした。
「一つ伺っても宜しいでしょうか」
御令嬢が、卿に頷いてみせる。彼女の視線は、此方の心持ちを推し量るように、覗き見ているように感じられる。
「何故、その様なことを一晩のうちに、することが出来たのでしょうか」
「そうね。これは貴方も知っていると思うけれど。この領都ベレタは、大変重要な拠点の一つです。当然、影達が居ることは、思い当たるのではありませんか。影に聞いたのです」
何時影と接触したのか、そんな様子はなかったと聞いている。宴を切り上げて、自室に戻っていったのは聞いている。それ以降は、何処にも出掛けなかったはずだ。この屋敷から、そう簡単に出ることなど出来ないはずで、ましてや侵入するなど不可能だ。
もし、其れが出来たとして。この子娘は、自分の手足のように、影達を使っていることに成る。其れだけでも、卿にとっては脅威と考えることが出来る。
そう考えて、改めて黒髪に縁取られた、可愛らしい顔をした小娘が別の物に見えてくる。父上が話していた、姫将軍。多くの猛者達を従えて、軍馬を駆るマルーン王国の紋章を背にする、王女殿下。鉄のスカートを穿いた女傑。自軍にとっては、頼もしい指揮官。敵にとっては、破滅の魔女だ。




